入学式以来登校していなかった大学に足を運んだのは、あの電話のあった日だった。酒の匂いが残るカラダを引きずって、特急電車に乗り込んだ私は、顔を上げることが出来ず、転がった缶コーヒーを追い続ける。ホテルワールド。Tと通いつめた思い出のホテルが電車を送り出した。
駅から歩いて20分の所に私の大学はあった。高校からエスカレーター式に進学できる女子大には顔見知りの人も多い。駅に降りた途端、背後から私を呼ぶ声がする。
「退学したかと思ったよアンティル!」「相変わらず男だね!」
久しぶりに社会と交わる居心地の悪さを感じていた私に、慰めような冷やかしが飛ぶ。
「うるせぇ。」
まだ冷たい春の風に私の声が交ざっていった。
入学式と同じ白いスーツに黒のスニーカー。スカーフを巻いて、“完全な男装でない”ことをアピールした私は馴染みのない道を一人歩いていた。
「ねぇあの人って・・・・」
「あっ!例の人だ!」
学校へ行く人以外ほとんど通らないその道は、私への噂の花道となった。
校門を抜けようとした時だった。向こうから誰かが走り寄ってきた。
男「ちょっと、ちょっと、あんた!なんの用?!!」
ア「学校に来たんですけど・・・」
男「業者の人?!」
ア「えっ違います。生徒ですけど。」
男「嘘言っちゃ困るよアンタ!うちは女子大なんだよ。」
私は登校初日、警備員室に連行された。
私の学部には高校時代の仲間が一人もいなかった。60人ほどしか所属しないその学部に、よく知る仲間は数人しかいなかった。授業は高校以上に厳しく欠席4回以上で単位喪失。担任のような教授がすべての生徒の顔を把握していて代返などありえない。授業は朝9時から夜6時までみっちりと組まれている。どこの学部よりもまじめそうな人が多いその中で、入学式以来1回も登校していなかった私は異端児中の異端児だ。はじめて教室の扉を開けた時のみんなの視線を私は今でも覚えている。キャピキャピとした声が上がる明るい教室。フレッシュとはこういう世界だということを初めて知った。
私の登場でシーンと静まりかえった教室で、全視線が私に集まった。
階段を上がり一番後ろの席にたどり着くまでの一挙手一投足を逃さないように60人の視線が私についてまわる。
「フッ~」
酒臭いため息と共に私の大学生活がスタートした。