大学生になった私の夜は、Wと共にあった。お母さんが“オンナが好きなオンナ”だと私に打ち明けたあの日から、Wは毎日電話をかけてきた。私には、それがWが背負う戸惑いや寂しさを埋める作業に思えてならなかった。
「何してるの?」
「はじめてオンナの人を好きになったのはいつ?」
「何人くらいつきあったことがあるの?」・・・・・・
“オンナでありながらオンナを好きになるわけ”その答えを私に求めることで、Wは母親との向き合い方を探そうとしていたのだ。
あの夜私はWと朝を迎えた。団地の中庭に太陽の光が注ぎ始めた頃、涙で溢れたWは私の膝で眠りについた。その頭を撫でることも、抱くことも出来ない私は、柱にカラダをあずけて人の出会いの不思議を考えていた。
『私はどこにいこうとしているんだろう・・・』
春の風は、私を新たな世界に引き込もうとしているかのようだった。
大学生になった私は、夜になると泣いていた。Tからの電話を待ちながら部屋で酒を飲む毎日。かかってくるのはいつもW。オンナが好きな私のままでいられるその会話は、ほんの少し私の涙を止めてくれた。毎日続く朝までの電話。私はTを求めながらWの電話で時間をやり過ごしていた。
「ねぇ、これからこない?」
深夜12時を回る頃になると、決まってこう誘うようになっていったのは、あの日から1週間くらい経った頃だろうか。
「ううん。明日学校だから・・・」
そう答えるたびに心の傷がドクドクと動き出していた。夜中に家を飛び出していたTとの日々。Wの誘いに胸をトキめかすことができない事実は、Tでなければダメだと事実を教えてくれた。
「おやすみ」
ガチャ・・・
私はさらに酔いつぶれるまで酒を飲み続けた。
プルルルル・・・・
Tと話すために買った電話が毎日夜の中に響いていた。
プルルルル・・・・
あの日、私はWとも話したくないほど落ち込んでいた。雨がヒトヒト降り続けていた夜だった。
プルルルル・・・・
ベッドに寝っころがって朦朧と宙を見つめる私の横で、留守電のアナウンスが流れはじめた。電話の向こうで受話器を握り直す音が聞こえる。
ピー・・・・・
・・・・・・無言の時間が数十秒流れたあと、電話が切れた。
チン!
それは、聞きなれたあの黒電話の音だった。
『まさか!』
私はベッドから飛び起きて、受話器に手を伸ばした。酔っ払った私は受話器をすぐ掴むことができず必死に行方を追う。
『これは夢?それとも?』
プルルルル プルルルル
ガチャ
電話で結ばれた一つの線の上で、私も相手も無言の信号を送り続けた。
・・・・・・・・
かすかに聞こえる車の音と部屋のノイズ。懐かしくて涙が止まらなくなる。雨の音が受話器の向こうからも聞こえてくる。
「Tでしょう?」
ようやく搾り出した言葉と共に電話は切れた。まだ着信履歴などなかった20年近く前の夜。私の心は再びTに揺り動かされた。