激動の3月が終わり4月になろうとする頃。一つの不安が膨れ上がっていった。それは私が女子大生になる儀式。入学式だ。
セーラー服の時はよかった。どんなにオンナが好きな私でもひとたびセーラー服を着れば学校にまぎれることができる。私の言動から“オンナが好き”だということがバレることがあっても、見かけて陰口を叩かれることはない。
街中で味わう攻撃と疎外感に比べれば、学校という場所は安全な世界であった。学校にいれさえいれば想像の範囲内の攻撃しか受けない。その事実は街で疲れ切った私を安心させてくれた。私にとって高校という場所は、檻で囲まれた動物園のようなものだった。そこに暮らす私は敵に食われることはない動物園の動物。しかしその動物園を離れる日がやって来たのだ。女子大生となり私服で私をオンナと知る人の前で暮らさなければならない生活。それはまるでサハリパークに放たれる動物のような心境だった。
『どうしよう。何を着ていけばいいんだろう。スカートなんか絶対着たくない!でもいつもの男物の服でいったら“レス疑惑”が疑惑でなくなる。そんな状態でこれからの2年間を過ごすなんてやだ!』
入学式で何を着るかは、私が私を試す試練だったのだ。高校から共に上がった顔見知りの人達、新しく出会う人々、そしてそれを祝う親達、その視線を交わすためにスカートを履くべきか、“オンナが好きな私”のままでいられる男物のズボンを選ぶべきか・・・。
デパートに行ってスーツ(スカート)を手に取るたび、みしみしと私の心は軋む音を立てる。スカートを履くことは私が私を隠すことだったからだ。自分で自分を否定したその後に残るものは、存在する意味を持たない私。
どうする私?
そして私は選択した。出来る限り細身の男物のパンツ&ジャケットスーツだった。女物にも見えなくはないパンツ&ジャケットスーツ。色は祝いの席らしく普段ではきることができないような真っ白な色のものだった。
入学式。見慣れた顔の人達が見慣れない化粧をした顔で華やいだ声を上げている。慣れないスカーフを巻いて、私は目立たぬようにこっそりと女子大の門をくぐった。
『これだけ派手な服を着た人が多ければ大丈夫。私は目立たない。』
そう思った瞬間、背後で友人OとCが大きな声を上げた。
「アンティル!アンティル~~~!」
その声はモーゼの十戒のように華やかに集う人の波を割り、1本の道を作った。そしてその道に私は一人立たされた。全ての人の注目が私に集まる。
「あっ!みてみてアンティルだ。ズボン履いてるよ!」
「あっ!やっぱり化粧はしてないね!!」
「えっ!あのくちびるちょっと赤くない?!口紅塗ってるんじゃない?」
私はやはり注目を浴びた。私の努力は何の意味も持たなかった。女子大の入学式に真っ白い男物のスーツを着てきた唯一のオンナ、アンティル。その存在は今も語り継がれているそうだ。