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捨ててゆく私 Vol.42「商工案内図」

茶屋ひろし2007.09.12

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毎日、店に立っていると、接客以外に、道を聞かれたり、営業やセールスの人の対応もしたりします。
先日、急に涼しくなった週明けの午後に、一人の青年が飛び込んできました。白いポロシャツにジーパンで、雰囲気は森末慎二みたいな人でした。彼は開口一番にこう言いました。「ショーコーアンナイズの集金に参りました!」
見ると、領収書を広げて今にも書き込まんとする勢いです。「なんですか、そのショーコーなんとかって?」と尋ねると、「商工案内図です! 町に置いてある看板に商店さんの案内をさせていただいています。いつもありがとうございます!」そう言って、笑顔で会釈します。私は首をかしげました。

・・いつも払っているのかしら? なんとなくレジを開きかけて、私は慌ててその手を止めました。「社長に聞いてみないとわかりませんので」と断ると、「そうですか、じゃあ、また伺います!」と森末は爽やかな笑顔を残して去っていきました。
夜に店に寄った社長にそのことを告げると、社長は顔をしかめて怒りました。
「ダメよ! そんなのにお金を払っちゃ。サギみたいなものだわ! 110番してもいいくらいよ!」
私は、払わなくてよかった、と胸をなでおろしました。
もうひとつの支店のバイトちゃんに電話しました。すると、「えーー! オレ払っちゃったよー!」とバイトちゃんが大声で叫びました。

事件発生です。私は、社長の言葉を繰り返して、払わなかったことにしたほうがいいわ、とアドバイスしました。「わかったー、じゃあオレの財布からレジに戻しておくよ。四千円・・」力の抜けた声でバイトちゃんは電話を切りました。
そう、集金の額は、四千円でした。サギかどうかは別にしても、払わなくていいものに払ってしまった額としては、微妙な値段です。私はそのあと、バイトちゃんから領収書を見せてもらって、記載されている電話番号へ電話をかけてみました。返してもらえるかもしれません。

電話をかけると、あの青年とは違う年配の男性が出ました。私は訳を話して、返してもらえないか、と聞きました。「あいつ(森末)、ちゃんと集金の説明をしなかったですか、それはすんません。明日にでも、あいつにそちらに寄らせて返金させてもらいます」男性は快く承諾してくれました。

なんだ、サギじゃないじゃない。「四千円を返してくれるんだって、良かったね」とバイトちゃんに報告しました。
ところが、翌日、森末は来ませんでした。「来なかったんですけど」と、夜に電話すると、「あれ、おかしいな・・、ちゃんと言っといたんですがね」と年配は言います。「明日必ず」そう言って電話は切れました。そして、翌日、森末は来ない。私は少し腹が立ってきて、その夜にまた電話しました。すると、年配はうっとうしそうな声になって、「こっちもいろいろと忙しいんですよ。じゃあ、送りますから、住所を言ってください!」とだんだん声を張り上げてきます。まあ、うっとうしい。私も不機嫌に店の住所を言いました。私はだんだん年配を信用できなくなっていました。
そして・・それから三日たっても、郵便物は届きませんでした。
やっぱりサギ・・!

私はほとんどそう思い込んでしまって、バイトちゃんにこれまでの経過を説明しました。「もういいよ、茶屋ちゃん、そのへんで・・オレ、もう気にしてないから・・」そう引き気味に言われましたが、私としては、これはケリをつけないと、気分が収まらない事件になっていました。かといって、これは社長に秘密でしていること。バレたら大事です(怒ると怖い)。被害届けを出すなんていう大事にはできません。

私は休みの日に領収書に書いてある住所を訪ねてみることにしました。
初めて荻窪に行きました。その番地は駅から近く、目的の場所にすぐに辿り着きました。が、目の前に現れたのは保育園でした。駅前の交番に戻り、領収書を見せ、この住所でこういう会社はあるか、と聞くと、警官は地図と登録ファイルを調べたあと、「ないね~」と首を横に振りました。事情を説明して、「サギにあったかもしれない」と言うと、警官は「そうかもしれないね」と答えます。私は、「被害届けは出さないけど、ちょっとここの電話から電話させてもらっていい?」と聞きました。「どうするの?」と警官が聞くので、「これで諦めるけど、なんか、最後に一言いってやりたくって・・」と言うと、警官は笑いました。
その電話には誰も出ませんでした。十回くらいコール音を聞いたあと、私は電話を切り、お礼を言って、交番を出ました。
その夜、私の携帯に初めて向こうから電話がかかってきました。いきなり年配は興奮しています。
「おたく今日、交番に行ったでしょう! 困るよ、そんなことしてもらっちゃ! ウチはサギじゃないよ! 個人でやっている委託業者なの、わかる? 住所はその保育園の裏にあるんだよ!」
「ちょっと、なんでもいいですが、そういう荒い口調はやめてもらえませんか? 返す返すって、ちっとも返さないから交番に行ったんですよ」
「だから、返すよ!! 送るから!! 幾らだっけ? 住所は?」
私はわめきたてる年配の声にうんざりしながら、「四千円。郵便番号は~」と機械的に店の住所を言いました。
ああ、なんか、サギかどうかよりも、このオッサンがイヤ。
私はうんざりして受話器を置きました。
数日後、店に四千円が届きました。普通郵便で来ました。
それは淡い花柄の封筒で、なぜかそれを見たとき、ふいに怒りが消えました。
集金はサギではなくて、年配は忙しかったんだ、と思いました。

(追記)
いつもコラムを読んでくださって、ありがとうございます。来月13日の「女祭」で、私も少しご挨拶をさせてもらえることになりました。今月の21日は、ワークショップ(茶屋ひろし茶屋。)も開いていただけるということで、初めて読者の方にお会いできるかもしれない! と、楽しみにしています。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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