先日、ビデオ屋で店番をしていたら、女性の声で電話がかかってきました。受話器から、急いでいます、歩いています、といった様子が伝わってきます。
「そちらへ行きたいんですけどどう行けばいいですか。今、新宿駅の東口を出てきてそちらに向かっているのですが、まったくわかりません!」
息を切らしながら混乱しています。何をしに来るのだろう、と私も混乱しながら道順を教えました。
数分後、一人の女性が飛び込んできました。大柄な人で、茶色のパンツスーツに大きな黒いショルダーバッグを胸に押し付けるように持っています。黒い髪をゴムでひとつにまとめ、茶色いふちの頑丈そうなメガネをかけていました。年齢は三十代に見えます。
入り口付近でいったん立ち止まると、カウンターに立っている私に振り向きもせず、ずんずん奥へ進んでいきました。狭い店内です。すぐに一周して戻ってきました。首をかしげながら、え? え? と言っているみたいにまた奥へ向かい、壁一面にある棚を見渡しながら戻ってくると、そのまま店を出て行きました。
なにか目的と違ったようです。
呆気にとられていた私は、しばらくして、あのひと腐女子だわ・・! と思いました。腐女子がリアルゲイのビデオやマンガにも手を出しつつある、と何かで読んだばかりだったからです。もしかするとあの女性もそうなりかけている状態だったのかもしれません。けれど、なんか違ったみたい。腐女子にもいろいろ棲み分けがあるようです。
ところで私は最近、オカマ文化を体験中です。二丁目に来て、自分より年上のオカマちゃんたちと話をしていると、映画や舞台にテレビドラマ、小説やマンガなどで、少し前のオカマちゃんたちの間で定番になっている作品がいくつもあることを知りました。それ以来、時々その中で薦められた作品を見たり読んだりしています。
ゲイが出てくる映画や小説は、学生の時にずいぶん見たり読んだりしていましたが、おねえさんたちの薦めてくるものは、ゲイモノではなく、女性が主人公の作品がほとんどです。
そう、女性が主人公!
けれどハッピーな作品はあまりなく、女同士の、男を巡った争いや復讐モノ、殺人などの犯罪モノが多い。主人公の職業は、トップ女優、極道に女郎、貴族に貧乏人など、極端な色分けをされます。それに、演歌や歌謡曲で歌われてきた「女の気持ち」がプラスされる感じです。
今回は日本映画で、「疑惑」と「鬼畜」、という松本清張原作の映画を二本、ツタヤで借りてきて見ました。「疑惑」の主演女優は、桃井かおりと岩下志麻、「鬼畜」は、小川真由美と岩下志麻。岩下志麻を好きなわけではありませんが重なりました。
話の内容は端折りますが、どちらの作品も女優たちが演技でキレるキレる。映画自体はストーリーも含めて大変おもしろく見ましたが、なんだか狂った女たちをたくさん見た気分にもなりました。
そう、オカマのおねえさんたちの好きな作品は、女がどこまで狂うか、を描いている作品が多いのです。それをキャッキャ笑いながら見る姿勢が王道のようです。
その状態は良くわかります。私もそうした作品に接するたびに、興奮して笑いがこみ上げます。カラオケで演歌を歌うときは、それがどんなに哀しい歌でも、八代亜紀のように笑顔をはさみながら歌います。
私が狂っているのかもしれません。いえ、狂う女に自分をなぞらえることによって、解放されるなにかがあるのかしら。
そういえば腐女子の世界では毎日のように男が男にレイプされています。ノンケの男たち(ゲイかもしれない)が、ドラマの中で女たちを狂わせてきたことと、なにか似ているような気がします。
ヤオイで描かれる男たちはリアルゲイではないとされてきました。私も、「演歌な女たち」はリアル女ではないと、どこかで思ってきました。それぞれを楽しむ腐女子とゲイ(というか、私のような少し前のオカマ)はとても近いところにいるのかもしれません。
ウチのバイトちゃんで二人ほど、ヤオイを好きな男子がいます。そのうち若い方は、ゲイビデオ屋で働いていながら、ゲイのセックスにほとんど興味を示しません。じっさいセックスもしないしビデオも見ないしオナニーもしない(しようと思わない)、と言います。ほんとかしら、とこれまで散々その発言を疑ってきましたが、彼がゲイではなく腐女子だったとしたら・・! と、いま書きながらハッとしました。