Wの涙。突然の展開に私はパニックになった。
『まわされた腕を無視してアイスの話しをしたのがまずかったのか?!』
『嘘眠りがバレたのか??!!』
「大丈夫?」
何の役にも立たない私の呼びかけにWは何の反応も見せなかった。
「ねぇ・・・」
Wの顔を見た瞬間、私はWの背中を揺らしていたその手を止めた。何かを吐き出しているように流れる涙。涙という言葉がWのカラダから零れ落ち、何かを訴えているのが私の耳にも聞こえてくる。激しく切ないその言葉は誰に向って放たれているのか?それは怒りなのか、嘆きなのか?私は何もわからないままWの横で立ち尽くしていた。
15分が経ち、30分が経ち、1時間が経ち、睡魔が私に襲いかかる。緊迫した状況でも、それが続くと人は眠くなる。しかしかといって眠るわけにはいかない。私は必死に目を開けながら、泣き止んでボーっとベランダを見ているWと共に夜を過ごした。どのくらいの時間が経っただろうか、無音の空間がすっかり慣れた頃、Wが急に話し始めた。
W「この家変でしょう?この時間になっても誰も帰ってこないなんて。」
ア「そうだね・・・」
W「お母さん、入院してるの。」
ア「そうなんだ。」
W「重い病気で寝たきりなんだ。」
ア「・・・・」
W「ねぇ、オンナの人と付き合うってどんな感じ?」
母親の病気の話しとオンナと付き合うことへの興味。その問いはどう考えてもおかしな組み合わせだった。
ア「えっ・・・・」
電話でも、待ち合わせした喫茶店でも、繰り返し私に向けられる“オンナと付き合うことって・・・”という質問。それが単なる興味ではないことをWの顔は物語っていた。
W「ねぇ、教えて!」
ア「・・・・・」
静まりかえった深夜の部屋に似合わない、Wのあまりに真剣な声に私は少し怯えながら口を開いた。
ア「好きだから一緒にいたい。ただそれだけのことだよ。」
W「オトコを好きになったことはないの?ホントに!」
ア「ないよ。好きになろうとしたことはあるけど。」
W「オトコが好きでもオンナが好きになることもあるの?!」
ア「わかんないけど、そういう人もいるんじゃないのかなぁ・・・」
W「それってどんな心境の変化なの?!」
ア「だからわかんないよ~・・・。」
深夜の詰問だった。私に詰め寄り質問攻めにするW。Wがどんな答えを探しているのか私にはまったくわからなかった。ただわかっていたことは、その答えをWは夢中で探しているのだということだけだった。
W「私、知らなきゃいけないんだ。オンナを好きになることはどういうことかって。」
ポタポタポタ蛇口から落ちる水の音が沈黙の部屋にこだまする。その音はゆっくりと時を進む足音のよう聞こえた。ポタポタポタ。その足音が同じ時間に向って歩く私とTの足音を聞こえた瞬間、Wは再び話し始めた。
W「私のお母さん。オンナの人が好きなの。」
私は再び新たな世界に引き込まれていった。