2日ぶりに外に出た私を待っていたのは色のなくなった街だった。私の目は、すれ違う人も走る車もすべてが私と交わることのない世界の中に住むどうでもいい物体だということを私に教えてくれた。灰色のような固りが蠢く街の中で、私は無理やり手足を動かして電車の切符を買った。
Wとの待ち合わせは、Tの住む街とは正反対の方角にある隣県の繁華街だった。乗りなれたホームとは逆のホームから電車に乗り、乗りなれない中距離電車に乗り換える。知らない駅の名前が見慣れない景色と共に流れていくのをぼーっと眺めながら、私はTのことだけを考えていた。
『今、Tは誰といるのだろう。』
『もしかしてうちに電話しているかもしれない』・・・・
揺れる電車の中で考えることは、やはりTのことばかり。ほとんど話したことのないWとの時間への不安など何一つ浮かばなかった。
「次はO駅O駅?」
この頃になってはじめて私は自分の服装に躊躇した。サングラスに男物のズボン、そして黒のロングコート。私を知っている人の中でこの格好を見たことがあるのは、私の家族とTの母親、そしてTだけだ。同じ高校の人には決して見られてはならない、男に見せるための定番のコスチューム。その格好は私のセクシャリティーを知らしめる名札のようなものだった。それをWに見られる・・・・。私はそのことに躊躇した。
『どうしよう。』
待ち合わせ場所の駅のホームで、コートを脱いだり、サングラスをはずしたり。今さらながら私は悩んだ。しかしどうやっても鏡の中の私はオトコの見られたいオンナだった。
ショッピングモールと直結している大きな改札でWは待っていた。窮屈そうなハイヒールと肩パットがしっかり入った80年代流行のDCブランドのスーツ。初めて見る私服姿は精一杯大人に見せようとしているように見えた。
「来てくれてありがとう。」
この時私ははじめてWの顔をはっきり認識した。
『この人こんな顔してたんだー』
Wは表情の中にどこか暗い影を差す顔をしていた。
コツコツコツ・・・
ぎこちない足どりでWは駅の階段を降り、駅前の喫茶店に入っていった。私の服装にはまったく無関心だ。あのホームでの時間はなんだったんだろう? そんなことを考えながら私はホットミルクを頼んだ。
W「あのさぁ、オンナの人と付き合うってどんな感じ。」
いきなりの質問に私は言葉を選んだ。
ア「え?えっと・・・」
Wはじっと私の返事を待っている。
ア「Wは親友とかっていないの?」
W「いるけど。」
ア「友達を好きっていうのと、恋人が好きっていうのって何か違うのかな。っていうか、あの?そうだなぁ?」
W「今まで何人の人と付き合ったことあるの?」
ア「そんなにいないよ。」
W「Tさんとは本当に付き合ってるの?」
T。その名を聞いて私は一瞬忘れていた悲しみの海に再び泳ぎ出した。
ア「付き合ってなんてないよ・・・」
テーブルに置かれたホットミルクがTとの楽しい思い出を蘇らせる。
『Tと行った冬の海辺のカフェで飲んだホットミルク。高原のペンションで飲んだ絞りたてのホットミルク。私とホットミルクを残してTはKの元へ行ってしまった・・・・』
W「私、あなたのこと気になるんだけど。」
ア「えっ!」
思い出のホットミルクの中で窒息しそうになっている私をWは真剣な顔で見つめていた。
W「私、あなたのこと気になるみたい。」
Wの耳元でイヤリングがゆらゆらと揺れていた。