『T以外誰とも話したくない。何も見たくない』
カーテンを締め切り、電気を消した部屋に私は2日間閉じこもっていた。
私が求めていたもの。それはTの家に紙飛行機を投げ込んだ日から続く、心の暗闇と同じ暗さを持つ部屋だった。私の心より明るい場所にいることがどうしても耐えられない。朝陽が昇れば頭から布団をかぶり、心配する母の声が聞こえれば指を耳に突っ込む日々。私はただ時間をやり過ごしていた。
リーンリーーンリーンリーーン
Tとテレフォンセックスするために買った5千円の赤い電話が部屋中に響く
リーンリンリーン
『Tからの電話?!!』
私は飛び起きて受話器を掴む。
「アンティルさんのお宅ですか? 私W大学の高橋っていいます。」
聞きなれない同世代の男が私の苗字を呼ぶ。
「はいそうですが・・・」
「アッ!もしかしてアンティルさん?!」
「はい・・・」
「話したかったんだよね、僕アンティルさんと!」
「あなたのこと知りませんけど、間違い電話じゃないですか?」
「そんなことないよ。A高校のアンティルさんでしょう。」
「・・・・・」
「今何してるの?」
「眠ています。」
「へー。」
私の通っていた高校を知っている高橋という男。いったい何者なのだろうか。警戒心さえ出す気力のない私に高橋はなれなれしく話し続けた。
「ところでさぁ大学受かった?」
「付属の大学があるんで、そのまま進学しましたけど・・・」
「ふーん。あのさぁアンティルさんは将来何になりたいの?」
「もしかして自衛隊の勧誘とかですか?それなら結構です。」
「そんなんじゃないよ、あのさぁ・・・・・」
明るい大学生の高橋。私とは別世界にいるような同世代の男。高橋の目的は勧誘だった。
「ねぇ、いいセミナーがあるんだけど。アンティル行かない?」
呼び捨てにされ、返す言葉を完全に失った私を無視するように高橋はセミナーの名前を私に告げた。
「始めるなら今!最高の就職するための学生セミナー・・・・」
暗闇の中で息を潜めるように暮らす私には、あまりに遠い未来。そのことに打ちのめされた私は思わず深いため息をこぼした。
「私には将来なんてありません。」
高橋の希望を完全に奪った私に高橋は無言で答える。
ガチャ
電話から高橋の声が消えた。
勧誘電話。いつもなら即切ってしまう電話。この時、私はその電話を切ることが出来なかった。電話の主がTでないことがわかった瞬間、流れ始めて止まることがない淋しさが人恋しさとなって高橋へと向わせていったのだ。10分間の勧誘電話。この電話によって私はさらに深い闇へと落ちていった。
『Tに会いたいよ~!』
たまらず電話をかけようとする私。そして受話器を手にしようとした瞬間、再び電話が鳴り始めた。
リリリーン、リリリーン
驚いた私はしばらく電話を取ることが出来なかった。
リリリーンリリリリリーン ガチャ
その電話の主によって、私はまた新たな世界へと飛び込むことになっていったのだ。