深夜1時。看板が放つ赤や緑やピンクの光が作り出す嘘っぽい空の下に私は立っていた。サングラスに足首まであるロングコートに包まれた私は怪しさを全身にまといながらただただTを待っていた。久しぶりだった。待つ時間さえも贅沢な前戯をしているような幸せな気分。ホテル“ワールド”。
そこはまさしく私のワンダフルワールドだった。
ホテル“ワールド”は今はもうない。全30室近くあるそのラブホテルは部屋ごとに国の名前が付けられ国旗が立っていた。イタリア、オーストラリア、ギニア、アメリカ・・・・。私のお気に入りはルームナンバー、イギリスだった。黒い帽子をかぶった兵隊が行進し、エリザベス女王が微笑む壁紙が特徴だ。
天井には2階建てバスも走っている。電気を消すと浮かびあがるバッキンガム宮殿の中で、私とTはこの部屋を選ぶ最大のポイントである電気マッサージ機を使って非日常的なセックスを楽しんだ。
スタンプカードもまたひとつの楽しみだった。使用した部屋の国の刻印にチェックが入る。世界一周するとフロントの横にあるショーケースの中から商品を選ぶことが出来る仕組みだ。どう見ても偽物のブランド品や時計。私たちはショーケースの中で隅に追いやられ、もらい手のいない電気マッサージ機をGETするために世界中を旅した。
『世界一周まであと2つか・・・』
深夜のラブホテル街で独りスタンプカードを見る私。
時間は午前1時40分。Tはまだこない。
親が寝静まるのを待って抜け出す私達に遅刻はつきものだった。携帯もポケベルもない時代。その中で私が出来ることはただ待つということだけだった。
午前2時。
いくらなんでも遅すぎる。あたりをウロウロしてみるがTの気配はどこにもない。
午前3時。
変な男に捕まったんじゃないだろうか?!待ち合わせ場所とTがいつも自転車を止める場所の間を私は走り回った。
午前4時。
もしかして。この頃になって初めて一つの可能性が頭をよぎる。
午前5時。
ゆっくりと姿を見せる太陽と共に私の中に大きな闇が広がりはじめた。
午前6時。
私は公衆電話の受話器を握っていた。
「朝早くすみません。アンティルですが、Tをお願いします。」
「どうしたのこんな早くに。」
「ちょっと急用があって。」
「Tならバイトの集まりがあるとかで遅くなるからHさんの家に泊まるって言って出かけたわよ。昨日遅く。」
『バイトの集まり?!!Kと一緒???!!!!!』
嫉妬という感情が大きな音をたてて私を飲み込み、Tの行動に対する“なぜ”がカラダ中の力を奪い取る。
『どうしてーーーT~』
呆然としながら私は自転車をこぎはじめた。
川の向こうで赤く染まる太陽が今日の始まりを告げている。
私は私を待つ真実に怯えながらTのいる街に向ってペダルをこぎつづけた。