18歳の春、私はTと出会った高校を卒業しようとしていた。
2時限目の休み時間になるたびに待ち合わせしていた人気の少ない体育館のトイレ。放課後の校庭を臨む窓から聞こえるテニス部のポーンポーンという音と共に汗を流しセックスした家庭科教室。5センチに伸びた脇毛を隠しながら泳いだ25メートルプール。学校、それは私の背中に好奇な視線と陰口を浴びせる社会の象徴だった。生活の場所でありながら、戦わなくてはならない場所。ここで私はオンナが好きな自分に向かい合い、そしてセックスした。学校開校以来始めての大物レズとして。
しかし卒業式の幕開けと共に、私はこの場所に守られていたことを知る。
攻撃されても戦い慣れたこの場所は、私にとってはホームグランドだ。
『Tもいない大学で、私はまた新たな居場所を作ることが果たしてできるのだろうか?』
不安に襲われながら隣のクラスの列を見ると、そこにはTがいた。
『もうこの制服を着たTと会えないのか。』
実感と共に私の頭にTが浮かぶ。私服のT。
そしてその横にはKがいた。
♪仰げば尊し 我が師のおん~
私の顔に一筋の涙が溢れる。
『どうかTと別れることなどないように。どうか願いを叶えてください。』
私は壇上に黒く光る先代理事長の彫像に心で手を合わせた。
クラスに戻るとみんな、卒業アルバムを持ってメッセージの交換をしていた。余白スペース書き込まれた色とりどりメッセージ。
“◯◯ちゃん。卒業しても遊ぼうね!裕子”
“文化祭は楽しかったね。忘れないよ。妙子”
すっかり学校への郷愁に浸っていた私も、柄にもなくみんなの前にアルバムを差し出してみる。
まずはまじめ過ぎるがゆえ、滑稽なキャラになっていた田中さん。
いつも一番前の席で、先生の言葉を一言も聞き逃すことなくノートをとっていたのにも関わらず、成績はなぜか下から数えて3番目だった彼女は、私の突然申し入れにも動じずペンを走らす。
“アンティルとはあまり話したことなかったけど、変わった人でした。”
横目で覗きながら、私は落胆する。
『そんなこと書かれても・・・。』
今度は人選を間違わぬように狙いを定め、アルバムを差し出してみた。
“男!アンティル!!早く女になってね”
“長い髪をばっさり切っていきなり男になって正直驚きました。”
私へのメッセージは“男”と“女”という文字に溢れていた。女子高校生のキラキラとした輝きなどいっさいないメッセージ。それは私の青春そのものだった。そして最後に担任にペンを渡す。一瞬嫌そうな顔をしながらアルバムを受け取った担任は、私のこんなメッセージを残した。
“あなたともう会わなくて済むと思うと私は幸せです。”
卒業式も終わり最後のホームルームが終わる頃、廊下を見渡せる窓の向こうにTの姿が現れた。どうやら私を待っている。普段の学校生活でも人目を気にしてめったになかったTの行動に、私は涙を流せずにはいられなかった。
♪ゲレーテスト ラブ オブ おーる~ byホイットニー・ヒューストン
私の頭の中でTとの思い出の曲が鳴り響いていた。