悲しみロード。私はその道をそう名付けていた。駅からバイト先の工場へと向かう道。長く苦しいその道をその日、私は黒いマントをなびかせて歩いていた。
春休みにたくさんセックスができるようにホテル代を稼ごうと始めたアルバイトは私とTに大きな転機をもたらした。風邪で寝込んだ私が1週間ぶりにバイトに行くと、Tの横には、やけにはしゃいでいるKという男子高校生がぴったりとくっついていた。その様子に嫉妬の炎を燃やし、Tの腕を掴んで工場を飛び出した私はTに詰問した。
「Kとはどういう関係なの?!」
「この1週間に何があったの???」
燃えさかる心を抑えることができない私は、不安をTにぶつけることでもとの関係に戻る道を探していた。しかし、それは叶うことがなかった。
「もう嫌なの! ホントの男とアンティルは違うの!!」
打ちのめされた翌日、私はTと会うためだけにバイトに行った。
泣き腫らした眼をサングラスで隠しながら悲しみロードの終着点、KとTのいる工場の階段を登る私に笑顔はなかった。
不安と悲しみと嫉妬で覆われた私の顔はさぞかし怖かったことだろう。
TとKを中心に作られた男子高校生の輪がいっせいに振り返る。
異様な人に見られることがないようひかえていた男装とサングラスを解禁した私の出で立ちにどよめきが起こる。そしてTが慌てるように声を上げた。
「やっぱりオトコものは変だよ。いつものスカートの方がいいんじゃない?!」
Tはあせっていた。私のことを異様な眼で見る取り巻きのオトコ達の視線にあせっていた。Tと付き合ってから制服以外この場所はもちろん他の場所でも履いたことがなかったスカート。存在しない“いつものスカート”がオトコ達の疑惑を薄め、Tをほっとさせる。
“あの人はレズじゃない。私はレズじゃない。”
オンナを好きな“私”を肯定する唯一の存在だったTが、目の前で私の存在を否定する。さようならという言葉を聞くよりその言葉は私を打ち砕いた。
T「J君、ねぇそれでどうなったの?」
J「それであいつがさぁ・・・・・・・・・・・・」
この場に私がいないように、Tは笑い声を上げた。
K「あっ!あいつが来たぞ。」
T「来なきゃいいのに!」
K「こっちくるなよー!!」
イチゴをライポンで洗ったあの主婦Aのことだった。パートの人達の中心的な存在だったAをTとKが目の敵にして威圧している。なぜ、そうまでAを敵視するのか。
私がいなかった間、TはAに叱られたらしい。それを機にKはAにつっかかるようになったとAの仲間のパートの人が教えてくれた。それがTに気に入られるための行動だというくらい、その場にいる誰もがわかっていた。同じ標的を持つものの結束力はまやかしの絆で結ばれる。手っ取り早い信頼と共感。KはAを叩くことでTを振り向かせようとしていた。そしてその横には私の知らない顔でKを見るTがいた。
来年も つづく・・・
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今年も「私はアンティル」を読んで下さりありがとうございました。
このコラムが坂井恵理さんの手によってマンガ化された2006年。アンティルはまだTと付き合っています。「いつになったら高校を卒業するんだ!」というお叱りの声がいつ届くかと、ハラハラしながら書いておりました。2007年、アンティルはたぶんまだTと付き合っています。ただこの先に待っていたのは、それまでとは比べものにならないほど辛い辛い毎日でした。
来年もアンティルをよろしくお願いします!