今月私はこのコラムを打つ指に力を入れながら一つの決心をした。絶対破らないと硬く誓った決心。それは最近このコラムで紹介しているTとのアルバイト生活の話を中断することなく書き続けるということだ。
7月にアップした「哀しいバイト」から5ヶ月。まだ2週間分のエピソードにしか達していないという事実。
「申し訳ございません。」
このコラムを読んでいただいている方に心で詫びを入れながら、私はこれまでのように脱線することなく、このエピソードを書き続ける決心をあらたにする。Tの怨霊がそうさせるのか、このエピソードを書いている時の私の指はおかしい。2回、3回、そして続き4回目になると私の指は違う話を書いているのだ。
「これじゃあ、いかん!」
今日、私は自分を戒めながらPCに向った。
♪タッタッタ タッタ~
Windoesが準備OKの画面を映し出す。準備完了。しかし私の指はやはりおかしかった。Wordを開いたつもりなのに現われたアプリケーションはInternet Exploterだった。なんとなく出ばなをくじかれたような気がして、私は気晴らしにネットサーフィンを始めた。
「何を見ようかなぁ・・・。そういえばエロに関する世界一って何かあるのかしら?」
カチャカチャカチャ・・・
世界一 エロ びっくり
私は気まぐれに検索サイトに3つの言葉を入れてみる。
検索結果
びっくりサービス・世界一の風俗の最先端!ファッションヘルス △#
エロエロ日記 世界一の・・・びっくり・・・・
“エロ”という言葉に引っかかるサイトがどれも男臭く、胸焼けしそうになってウィンドウを閉じようとした。その時、私の目に一つのサイトが飛び込んできたのだ。
ニューストピックス・腕毛世界一でギネスに申請中
「腕毛で世界一?!」
クリック。
アメリカに住む○○さんはきわめて腕毛の長い持ち主。ギネスに登録されている3.96インチを超える4.1インチ。只今ギネスに申請中。
「へぇ~腕毛の世界一なんてあるんだね~さすがギネス!」
などと関心しながら、自分の腕毛を眺めてみる。
このコラムでも書いているが、私の腕毛は長い。坂井恵理さんの手によってマンガ化されたこのコラムのタイトルをそんな腕毛にちなんで『うで毛放浪記』としたくらいだ。
「そうそう私も結構いけるんだよねぇ~」
と人差指と中指に毛をはさんで毛をすきながら、
「4.1インチかぁ。何センチなんだろう?」
と、“全文を読む”をクリックする。
「101センチかぁ~そりゃ長いね~すごいすごい。」
感心してた私はもう一度その記事を読み返してみた。
なに~!!!
4.1インチ=10.1センチ?!!!!!
「10.1センチ!!!1メートルじゃないの?ホント?!!確か私の腕毛の最長記録は10センチを超えていたのでなかったろうか?!!!!!!!」
腕に定規を垂直に立て私の毛が“10”というメモリを超えたあの日の様子が頭に蘇ってきた。
世界一。金メダルをぶら下げる女性アスリート達の勇士がフラッシュのように
次から次へと現われる。
『WE ARE CHAMPION!』
フレーディー・マーキュリーが熱唱している。
「この世で私が世界一であることを知っているは私だけだ。」
私は誰もいない自室で私は敵地に潜伏しているスパイのように背後を確認した。
しかし困った。実は3ヶ月ほど前、私は友人に腕毛を毟り取られてしまっていたのだ。それからというもの私の腕毛はどこか元気がない。現在の長さは8.7センチ。
「大丈夫だろうか?・・・・」
いつもより細く薄い腕毛に思いをはせながら、最も長くなる腕毛を1本つかんで、
「あんたが世界一なのよ・・・。」
と優しい声をかける。
あぁ~。これまで自分の腕毛ながら鏡を見るたびギョとしていた私の腕毛。私の目や指や口が“あの人オンナよ。だってほらあそこがオンナぽいじゃない”と性別の判定者をきどる人達の餌食になっている時も、誰も何も口を出さなかった腕毛。私のカラダの中でオトコか?オンナか?という物差しを当てられなかった場所、腕毛。そんな私の腕毛が世界一になりえるという。
「ギネスはペンネームでも登録できるのかしら? ギネスでカミングアウトなんてしたら大変なことになるだろうなぁ~」
私の心に新たな心配が生まれた。
今私は自分が日々生きているということを実感している。
人は私にいろいろな名前をつけてきた。
精神異常者、オンナ、オトコ、レズ、FTM・・・。
もし私が世界一になった時、私は“世界一の腕毛を持つ日本人”と呼ばれるのだろうか。私は他人から称されることに慣れている。もう出し尽くされたと思ってもそれはまた現われる。だから私はいつになっても“私”をこの手に掴むことはできない。慣れ親しんだこの感覚。私は“私”として生きているだけなのに、誰かが私を知らない私に形作る。私にとって生きているということは、指先から自分が零れ落ちることを見ることに似ている。
「あぁぁ。私は今を生きている・・・・。」
世界一になった自分を妄想しながら、私の固い決心はもろくも崩れていった。