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捨ててゆく私 VOL.011 ぬるま湯

茶屋ひろし2007.02.08

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朝、開店しようと看板を表に出していたら、バギーを引いたホームレスの爺が声をかけてきました。
「にいちゃん、ビデオ持ってきたんだけど」
ビデオ売りに来たんだけど、という意味です。ウチのお店は中古販売で、ビデオの買取りをしているのです。
私は、「今日はオトコモノ持ってきた?」と尋ねました。先週も先々週も、爺はノンケの洋物のしかも無修正のビデオを売りに来て、私に断られていたのでした。店内で私は爺に、「ウチはホモの店やから、わかる? 男同士のやないとアカンの」(外国人とノンケ男には関西弁になる)と、大声で説明してしまい、他のお客さんをひかせてしまっていたのでした。「やあ、今度はだいじょうぶ」爺はほがらかに笑ってビデオを私に見せました。はい、だいじょうぶ。

この爺だけではなく、ホームレスの人で、二丁目近辺でゴミ袋をあさって、捨てられたビデオを売りに来るひとたちが何人かいます。みんなノンケなのに、なんの躊躇もなく店内に入ってきてビデオを売ります。セクシュアリティの差異が爺たちにとって一番大事なことではないのでしょう。捨てられてあるビデオだから古いし汚れているし、たいしたお金にはならないけれど、爺たちにはたいしたお金なんだわ、と思います。

でも女のホームレスで、ビデオを売りに来た人はいません。私が二丁目に来た時、これはゲイの商売というより男のエロ産業だ、と感じたことにつながるのかもしれません。男だから、ノンケであっても、ゲイのビデオを売ることができる。その仕組みをよく理解できていて、よく馴染んでいるから、とか。
よく馴染んでいる、って曲者だわ・・。

私が二丁目に来て、初めてゲイだらけの職場で働くことになって、とても精神的にラクになった部分がありました。オネエ言葉を使っても、それに説明を求められないところとか、威張っている男が少ないとか。それでテレビを見ながら仕事が出来るなんて! 昼ドラやワイドショーを見ながら梱包をしたり販売したり・・なんてステキなのかしら! と思いました。
ところが、だんだんワイドショーの感想が周りと食い違っていくことに気がつきました。犯罪者が女の事件の場合、政治家が馬鹿発言をした場合、皇族関係の話題の場合。怒りがあんまりないわね、このひとたち・・。犯罪者が女の場合、その言動に一喜一憂するけれども、最終的にはこういう女はこうなってしまって仕方がない、みたいな。政治家には、またバカなこと言って、ねぇ、と周りに同意を求めるけれども、その流し目は小料理屋の女将のようで。皇族関係では、まさこさまに同情するより、やっぱり男子がお生まれにならないと。
そして、いつも最後は笑っているわね。

決定打だったのは、二年前のイラクの日本人人質事件でした。
みんな、ニュースを見ながら、自業自得だ、って言いました。
私は怒りで真っ白になってしまって慌ててその場から逃げました。
なんでしょう、この、片足の突っ込み方は。
知っているわ、あなたたち、二丁目を一歩出たら、ノンケの男(でもなかなかしない)ガニ股歩きになるわね。
駅までの道のりを肩で風を切るように、あるいはうつむいて早足で帰るでしょう。二丁目の中ではあんなにゆるやかに、やわらかい物腰とお喋りで過ごしていらっしゃるのに。
ひょんなことから私は去年、ゲイのサラリーマンの人たちのインタビューをまとめる仕事をしました。
その中で、ほとんどの人が会社でカミングアウトをしていませんでした。
やだ、やっぱり言いにくいのね、二丁目にいるとゲイ差別のリアリティがわからなくなっちゃう、などと思いました。
が。

カミングアウトをしていない(する必要を感じていない)のは、リアルゲイをよく知らないノンケ社会に馴染んでしまっていて、それを手放すことに躊躇している部分があるからかもしれない。あるいは、二丁目で馴染んでいるゲイ社会と、心地よさでは変わらない部分があるからかもしれない、と思いました。

だって、女とは仕事がしにくい、とか、バカな女は嫌い、っていう発言が普通に出てきていたんですもの(無断でカットしてしまいました)。ゲイ男が、ノンケ男とは仕事がしにくい、とか、バカなゲイは嫌い、って言うならまだしも。それで、ゲイ差別をなくす方向って、どこにあるのかしら。なくなっていないものをなくす方法が、ぬるま湯に片足を突っ込んだ状態で生まれるとは、やっぱり思えないわ。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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