二丁目の通りには、昼間から夜までずっといる人たちがいます。通りにずっといるのです。
座ってお菓子を食べていたり、同じように通りにいる人と喋ったりして時間を過ごしているのは、「まちこ(待ち子)」と呼ばれる若い男の子たちで、彼らは通りすがりのおっさんに声をかけられるのを待っています。彼らの会話からは、「あいつ、駄目、安い」とか、「あの子、フェラ、むっちゃうまい、って」という言葉がときどき聞こえてきます。それから、座ることはけしてなく、一日中、延々と三百メートルくらいの通りを若い男を求めて往復し続けるおっさんたちがいます。彼らがなんと呼ばれているのかは知りませんが、不思議なことに、どちらも商売だからか、まちこと、こういうおっさんたちが関わることはないようです。
そうした常連のおっさんの一人を、私は「五千円」と呼んでいます。五千円と話したことがないので素性は知りませんが、いつも地方から出てきたばかりのような二十代の男の子を狙っていて、見つけると満面の笑みを浮かべてナンパしています。ほとんど失敗するのですが、たまについていく男の子もいて、ふっと二人の姿が消えた後、しばらくして五千円はまた
一人で通りを歩き始めます。
どこに消えてそこで何をしているのかしら!
いっとき知りたくて知りたくてうずうずしていたら、狭い街のせいか、すぐにうわさを手に入れることができました。五千円は、ナンパした男の子に五千円を払って、目の前でオナニーをしてもらうのだそうです。それだけだそうです。場所は、どっかその辺で、だそうです。うそかほんとか、と思う前に、あり得る! と私は思いました。この街の磁場のせいかしら。
そして、この五千円は、とにかく目つきが悪い。ナンパしていない時は、視力の悪い人の目つきをずっとしながら歩いています。
午前中から十時間くらいほぼ毎日、男の子を物色していたら、そりゃヘンな顔になるわね。
最初はそれくらいに思っていた私は、一年二年と通りにいる彼らをビデオ屋のカウンターから見続けているうちに、もはやアレは人間の顔じゃない、と思うようにまでなりました。気がつくと、他の常連のおっさんたちも、国籍を超えて、たまに滞在しているカーネル・サンダースみたいな人も、ちっちゃいイタリア人も、みんな同じ顔に思えてきて、私はそれをまとめて、「悪い顔」と呼ぶことにしました。
悪い顔が店内に入って来て、ビデオじゃなく、客の男の子を物色し始めると、私は追い出すようにしています。
だって、気持ち悪いんだもん。すると悪い顔は、悪い顔で私をにらむと黙って出て行きます。
そんなある日、店内で万引き未遂事件が起こりました。
犯人は三十代の男の子でした。動きが怪しいと先に気付いたのは、いつも一緒にカウンターに入っているバイトちゃんでした。「茶屋ちゃん見て! 奥の鏡の向きが変わっている!」見ると、レジからは見えにくい場所を移すために天井からぶら下げている丸い鏡が、ぐるんと回って壁を映しています。最近この手を使われて万引きされることが多いので、私たちはいつも鏡の向きを警戒していたのでした。「やだ、とられた?」と私が聞くと、「まだ持っている」とバイトちゃんは鏡の下にいる客をあごで示しました。確かに手元にビデオを持っています。こういう時は、わざと小声で会話はしません。見ると、その客とバチバチ視線が合いました。
あ、悪い顔!
とっさに私は思いました。ちがうんです、通りのおっさんの一人ではないのです。初めて見る顔(たぶん)が、「悪い顔」をしていたのです。気がつくと私は彼に体当たりをする勢いで飛んで行き、ぐいっと、これ見よがしに鏡の位置を戻しました。それからずっと私とバイトちゃんで動きを見張っていたら、彼は諦めて、持っていたビデオをひとつは棚に戻しひとつを買って帰りました。「怪しまれたことを消すためにわざと買っていったんだわ、どうせすぐに売ってしまうんでしょうに。ばっかじゃない!」と、あとでバイトちゃんと笑いあって、事なきを得たのでした。
それにしても、悪い顔。
二丁目で人を見るときに、そんな判断基準でいいのだろうか。すこし悩みます。前に万引きしたおじいさんを捕まえた時、彼がムンクの叫びに近い表情をしたことが、私の頭にずっと焼き付いています。「警察に行ったら、自分がホモということが、身内に知れ渡るんだよ。よくここで万引きなんかやるよね」バイトちゃんがいつもそう付け足します。
だから、悪い顔になるのかしら。
ホモは日陰の存在、というイメージが生きているからなのか、単に彼らがヘンな人たちなのか、悪い顔の成り立ちについては、いまだによくわかりません。でも、特異な顔だと思います。