寒い季節になりました。この時期になると、ウチの店ではマフラーや手袋も販売します。エロビデオだけを売っているわけではないんです。季節の商品は店先のワゴンに出します。たまに万引きされます。
ある日、店内のカウンターから表の通りをぼんやり眺めていると、この街に住むホームレスのおばちゃんが目の前を通り過ぎていきました。その首に巻かれているのは・・あら?
表に出ておばちゃんの後姿を確認。あのマフラー、ここのワゴンにあったものだわ。買ったのかしら、あの人。きっと、私の時間帯(早番)以外の時に買ったのね。そうね、本人の生活状態だけで判断するのは良くないわ。自分に言い聞かせる。
でも、数日前に、彼女がマフラーを勝手に持っていこうとしたので、ウチのお局ねえさんが、彼女とマフラーを引っ張り合った、という話を思い出す。
「勝手に持っていかないで!って、わたし言ったの。なのに、あのババア(愛称)、だって寒いんだポン、とか言って聞かないのよ。なによ、ポン、って!」
ねえさんの話に私、大笑いしたんだったわ。
じゃあ、やっぱりアレ・・。今度は、成功したのね。
どうしよう、今度前を通ったら、なにか言おうかしら。まあでも、寒いものね、いいじゃない、安いマフラーのひとつくらい。
なんて、無責任に思って、私はすぐに忘れてしまいました。
すると翌週。
朝、いつものように開店準備でワゴンを出したら、ワゴンの下段にあった、レインボー柄のクッションが、3つ4つ、ごっそりと無くなっている。
「あら、ねえさん、深夜の時間に売れたみたいですよ。あんなに売れなかったのにねぇ」「まあ」
何気にそんな会話をして、私は郵便局へお使いに出ました。朝の二丁目公園の横を通りかかると、そこの木の枝に、レインボーカラーのものがいくつか引っかかっているのが見えました。
え?
眼をこらしてみると、やだ・・あれはウチの商品。そしてそばには、あのおばちゃんがいる。
とったのね、とったんだわ。
どうしよう。
あのマフラーのようにほうっておこうか、と思いました。とられた時点で捕まえられなかったら、こっちに出る幕はないわけだし。
そこへよぎる、ねえさん以外のバイトちゃんの声。
「そんなの警察に突き出せばいいんだよ。あいつら調子に乗ってんだよ、ふざけんな、って話だよ」
あいつら、って、ホームレスの人たちのこと?
この発言を聞いたときに、私はいやな気持ちになったのでした。こいつオカマのくせに、って、なんだか色々反転して、すみません。
・・このまま放っておいてもいいけど、それにしても目立つわ、あのレインボーカラー、光沢あるし。そのバイトちゃんが見つけたら、なんだかいやな展開になりそう。
しょうがない、行くか。
5分くらい迷った後、私は公園に入っていきました。おばちゃんは私を見るなりオロオロし始めました。知ってるのね、私のこと。わかってるのね、私が近づいてきたわけ。やだ、すでにいやな展開かも・・。
「おねえさん(愛称)、これ、どうしたの?」
子どもみたいに私は笑顔で聞きました。するとおばちゃんは、とつぜん大きな声で、
「にいちゃん、それ欲しいんだったら持って行き。ちょうどここの池で洗って干したばかりだから。キレイにしといたから」
なにそれ、びっくりした。でも。私は足をふんばりました。
「あ、洗ってくれたんだ。ありがとう。じゃあ悪いけどぜんぶ持ってくね。じゃあねー」
って、私はびしょびしょのクッションをぜんぶ両腕に抱えて公園を出ました。
私はすごくほっとしました。
もちろん、これはもう商品にはならないけど、警察とか暴力とか、そういう方向に行かなくて良かった。ああ、でも公園に入っていく私は男だったから、おばちゃんからしてみたら、その時点で警察と同じようなものだったかもしれないわね。
それにしても、おばちゃんの方が、男とかオカマとか、そんなものより、一枚うわてだったみたい。