ある日、お猿さんみたいな男の子が来店して、1人でレジカウンターにいる私をちらちら気にしながらビデオの棚を見ている。万引きでもしようっていうのかしら。不審に思った私はじっと彼を見つめて思い出した。
あら、去年来た子だわ。
声をかけることにした。
「おにいさん、前もいらしてくれましたよねー、また例のお友達の要請ですか?」
ほっとした表情を見せて彼は、「そうなんすよー」と、にかっと笑った。
げ、前歯がない! あれー? 前来てくれたときには、あったはず。ああ、ツッコミたい! けど、そこまで親しくないので我慢する。
「またお友達とケンカでもしたんですか?」
あったはずの前歯から目を離すことのできないまま私は尋ねる。
「いや違うんですけど、またビデオが欲しいって言い出して」
困ったように彼は手元の携帯電話をしきりにチェックしている。
ちょうど1年前も、お猿さんはいっけん不審者みたいにビデオの棚を見ていた。きょろきょろする、落ち着きがない、携帯電話をしょっちゅう覗く。あの時私は、「何かお探しのビデオがございますか」と切り出したんだった。そしたら突然、「ともだちとケンカしたんすよー」と話が始まったのだ。
はい? 目がテンになった私に彼は支離滅裂に話し始めた。
「それで、俺が悪かったって謝ったんすよー、そしたらそいつにビデオ買って来たら許してやるって言われて。俺ノンケなんすよーだからぜっんぜんこうゆうのわからなくって。今何が人気あるんですかー」
今、売れ筋の人気ビデオはなにか、という質問に答える前に、私は、なぜこのお猿さんはビデオを買いに来たのか、を考えてみた。私は想像力をはりめぐらせて、なぜかいっしゅんで答えが出た。それを確認するように私は質問していく。
私 「あなたはノンケでお友達はゲイなのね」
さる 「あ、はい」
私 「ケンカしたことはこのさいどうでもよくて、お友達は前からゲイビデオが見たかったんでしょう」
さる 「そうですそうです」
私 「でもこういう店に来ることは恥ずかしくて今まで1人で来たことがない。それで今回キミに(もうキミになってる)依頼した」
さる 「そのとおりっす」
私 「それで、お友達はどんなビデオが欲しいのかしら?」
さる 「それがわかんないっすよー、ぜんぜんはっきり言わなくて・・」
私 「わかったわ。じゃあ私が選んでさしあげてよ」
余談だが、ゲイのエロビデオはとても細かくタイプ別に分かれている。年齢や体格はもちろんのこと、モデルの雰囲気(若いなら若いで、ジャニ系かストリート系か、とか)シチュエーションも様々だ。「今、人気」という理由でビデオを選ぶとしても、自分の好みのジャンルでという前置きが必ずつく。このお猿さんみたいに、ノンケでゲイの友達にプレゼントする場合が一番むずかしい。喜ばれるビデオなんていうのは、けっきょく本人にしか選べないものだからだ。
でも私は自信たっぷりにビデオを選んであげた。
予算はどのくらい? ああ、そう。じゃあ、これとこれとこれがいいんじゃないかしら。
あ、じゃあそれで・・。はい、どうもお買い上げありがとうございましたー!
これはべつに詐欺じゃない。きっとお友達が好きなのはこのお猿さんだもの。ビデオのタイプも、若くてあんまりがっちりしてなくて、この子みたくちっちゃくて可愛いかんじの男の子が出ているやつを選べば間違いはないわ。
一年後、また同じようにビデオを選びに来た男の子。あいかわらず「あいつの好みがわかんなくて・・」などという。私はもうビデオを選んであげない。「だったらさ、今度2人でいらっしゃいな」そう言って、そのまま送り出した。
あとでバイトちゃんたちにこの話をしたら、みんないっせいに「えーー!」という声を上げた。「ぜったい、そのお猿がゲイだよー、友達なんてフェイクじゃないのー?」あら、そう来たか。「でも前歯がなくなってたのよ!」と、反論してみる私。でもそれってお友達と関係ないかもれないし、それは彼がノンケだという証拠にはならないし。でもまあ、彼がノンケでもゲイでもそんなことはどうでもいいのよ。私は、なぜ前歯がなくなっていたのかだけが気になるの。