(これまでのお話。Tとはじめたバイトだったが、Tはバイト先の男子高校生と次第に仲良くなっていってしまう。ある日、休憩時間のこと。パートの女性がイチゴを食物用洗剤で洗っていた。それをみた男子高校生がは激しくキレはじめる。そして、そのオトコにTは必要以上に同調するのだった。二人の間に流れる親密な空気に、アンティルは嫉妬に狂い、気がつくとTの手を強くひっぱり外に飛び出して行った・・・)
「どこに行くの!! 私バイトに戻りたい!!!」
Tが本気でそう願っているのがわかるから、私はよけいに悲しくなって
Tの手を強引に引っ張った。
ハァハァハァ・・・
必死にTの手を離すまいと力を入れるたび、私の口から白い息が凍てく冬の空に上がっていく。それがあまりになま生しくて、私は一瞬自分がしていることにハッとする。
ハァハァハァ・・・
もしこの手を離して、バイト先に向って走るTの後ろ姿を見たら、もうTとは一緒にいられなくなるような気がして怖かったから、私はTの手をどうしても離すことができなかった。
嫉妬を燃料に走る機関車のように、私は白い息を吐き出しながら駅前のネオンを目指し、ただ前に進み続けた。
1週間ぶりにTが前に座っている。
「コーラ下さい」
馴染みの喫茶店に入ってから5分。まだ一言も交わしていない。
出されたコーラの瓶が、私を余計に悲しくさせる。(「ちゃぶ台とコーラの瓶」をご覧下さい。)
『頼むんじゃなかった。』
コーラの瓶はTとの間に広がった距離を突きつけるように泡を立てる。
1週間の間に何があったのか? あの男とはどんな関係なのか?? 聞きたいことは山ほどあるのに、言いたいことを口に出したら、それですべてが終わってしまうようで怖ったから、私は何もしゃべることができない。
チクタクチクタクチクチク・・・・
聞こえないはずの時計の音が私の耳の中で止まらない。黒く塗られたファンデーションが剥げかけて窓が私の顔を映し出す。それが『おまえは偽物のオトコだ』と言ってるようで、泣きたくなる。そんな時、目の前のTの顔が一瞬にしてこわばった。
「やっぱり女だな。あれ。」
「やっぱりなぁ。俺の勝ちだな。」
陰口を叩かれない店だから安心して利用していた店なのに、笑い声を隠さない
ことが私への一番の仕打ちだった。
「私もう帰るから。」
Tを追うように、私も店を飛び出す。
「待って!」
「もう嫌なの!!」
「ホントのオトコとアンティルは違うの!」
「ホントのオトコって何? 誰のこと?あのKとはどういう関係? この1週間に何があったの?!」
「何にもないよ! 前から思ってたことだもん!」
「だってこの1週間でTの様子変わったじゃないか! 何があったの?」
Kとの関係を否定し続けるT。嫉妬に狂う私。
私はこれがいつものケンカでないことを感じずにはいられなかった。“ホントのオトコ”。Tから何度も言われ続けたその言葉が、これまでにないほど大きな力を持って迫ってくる。
時間は夜0時。Tは自転車に乗って逃げるように走る出していった。
『こんな時でも終電は気になるもだなぁ~』と、
駅に向って走る自分を眺めながら呟いていると、我慢していた涙が止まらなくなった。酔っ払ったオヤジも私を不思議そうに眺めている。
私の指も、私の鼻も、私の髪の毛も、私の言葉も、すべてがうすっぺらい偽物のような気がして、私は自分がどこにいるのかわからなくなってしまった。