もう何年も忘れていた記憶にふと出会うことがある。
先日も、ぼーっと歩いている時に秋の風に運ばれた排気ガスの匂いで18歳の秋の頃を思い出した。
『そうそうこの匂い。この匂いはあの駅前の匂いだ。』
落ちた陽の中に吹く冷たい風が地元で一番大きな駅に続く信号を渡ろうとする18歳の私を運んでくる。
18歳の秋。この時の私は当時つきあっていたTのことで頭がいっぱいだった。
平穏な日々など2日と続かず、心の中で私はいつもうるさく会話していた。
『あったらこう言おう。もっと男に見られるようにがんばるから。』
『もうぜったい濡れたまんこをTに悟られないようにするぞ。パンツ3枚重ね着しよう!』
どうしたらTと楽しい時間が過ごせるか、そのことに全力を注ぎ、私は一人だけの会議を心の中でいつも開いていた。
Tとホテルに行った後、通ることが多かったその交差点は、たくさんの人で賑わう繁華街にある。大通りを渡る信号は待ち時間が長く、それを利用してアンケートやら勧誘やらがやたらと多かった。
「昨日もカットモデルに誘われちゃった。」
「私もあそこでいつも化粧品のアンケート頼まれるのよ」
その駅を知る友人たちの誰もがそのことを知っていた。
悶々と一人会議を続け、陰鬱とした顔に黒いファンデーションを塗り、カラダとは不釣合いな大きな靴を履いた私もその一人だった。
男「高校生かなぁ?」
ア「高校3年生です。」
男「進路はもう決まってる?」
ア「いえ、まだ短大に行けるか微妙なんです。」
男「じゃあ自衛隊に入らない?!」
ア『またかぁ・・・』
自衛隊。地元に基地などなく。関連施設もない街で私は80パーセントの確立で声をかけられた。私を見つけると、まっすぐに迫ってくる自衛隊の人。
誰もが私に自衛隊は合っていると熱心に口説こうとした。
『この年頃でガタイのいい人にはみんな声をかけてるのかなぁ』
そう思って気にも止めなかったが、ある日、それは私だけの体験であることを知る。
ア「ホントあの駅の自衛隊の勧誘。しつこいよね!」
友「なに?? 自衛隊の勧誘ってそんなの見かけたこともないよ。」
友人たちの間で誘われたのは私だけだった。
誰も自衛隊など見たこともないのだという。
私の何が自衛隊の人達をそそらせたのかというのか。
排気ガスの匂いを運ぶ秋の夜の風は、そんな疑問を私に思い出させる。
もう何年も忘れていた記憶。その頃の私の感情。
戻ってきた記憶の風景に私は笑ったり、驚いたり、首を傾げたりする。
それは懐かしい記憶を取り戻したうれしさを感じる瞬間でもある。遠い日の自分を写した8ミリを観ているような気分。客席にいる私と、フィルムの中の私は郷愁でしか結ばれない。しかし私は先日、昔の感情を客観視しながらもその感情が抱く熱さのあまり、36歳の今の私の感情が当時と同じ温度で同じように動き出すという経験をした。私が向き合わなければならなかった現実の中でもがいていた頃の自分を思い出させる風景。数十年の時を経て戻ってきた記憶と感情。なぜ私はその風景の傍観者になれなかったのだろう。
苺事件の続きは11月に掲載します。この原稿の続きもまた今度。