「あのホテルに一緒に行って」
涙を必死にこらえる私の顔を覗き込み、Tは泣き叫びながらそういい続けていた。時間は夜9時、私とTが学校帰りに前戯をする場所として使っていたマンションの自転車置き場は、ピンサロの看板に照らされて、まっピンクに染まっていた。Tは“オンナと付き合っている変態の自分”と“私を必要としている自分”との間で迷い苦しんでいた。そして、その行く先のない戸惑いを私にまっすぐに向けていた。私以外にはぶつけることができない迷い。Tと私にはどうにもならないほどに膨れ上がっていったその迷いは、時間を追うごとに2人だけの世界に深く深く穴を掘り、2度と出られないと思うほどに絶望的なものになっていった。Tはその世界からもがき出るために、オトコとセックスをした。
Tは私が泣くことを許さなかった。だから私も自分が泣くことを許さなかった。
その理由は、Tにとって“泣く”という行為は“オンナだと主張する行為”だったから。私に“オンナの要素”を感じる度に、Tは迷いの渦に飲み込まれていった。辛くて歪んだ顔。狂ったように泣き叫ぶ姿。その姿を見ると私は自分が何のために生きているのかわからなくなった。だから私は泣くことを止めた。
しかし、私はこの日、涙を押さえることが出来なかった。
「苦しいよ。」
我慢していた涙が止まらずに私は同じ言葉を繰り返す。
「苦しいよ。」
『泣いたらだめだ。私が迷い出したら2人の関係は終わってしまう』
頭の奥で叫ぶ自分の声が聞こえているのに涙が止まらない。
「どうしてだよーどうしてオトコとセックスなんてするんだよー」
感情でいっぱいになった私にTは同じ言葉を繰り返す。
「あのホテルに行って。あのホテルに行って!」
ほんの数時間前にセックスしたばかりのTと、そのオトコといた同じホテルでセックスするなんて、考えるだけでも気が狂いそうだった。
しかしその反面、私はそれでも行かなければならないのではとも思っていた。
『2人が関係を続けていくには、これを乗り越えなければ。』
『オンナが好きなオンナである私が報いなければならないこと。』
気がつくと私は、Tの自転車にまたがり走っていた。荷台に座るTの手が私の腰をつかまえる。いつもと変わらない風景だった。