温い風と木立の香り。私はこの季節になると毎年思い出すことがある。それは辛く悲しい20年前の記憶。そして、私はその頃の自分に声をかける。
「アンティル、がんばれ!」
高校時代に付き合っていたTは、自分のまんこにコンプレックスを持っていた。“オナニーのやり過ぎで大陰唇が伸びてしまい、人と違う形になってしまった”と、真剣に悩んでいたのだ。比較の対象は母親だった。そして、その母親がTのまんこを“他の人とは違うまんこだ”と、判定していたのだ。娘のオナニーを止めさせたかったのか、Tによく「まんこをいじり過ぎるからこうなったんだ」と、言っていたという。
16歳のTは性欲に溢れていた。“やっちゃいけない”と思っていても、まんこを触らないではいられない。そしてそのたび自分のまんこの“変さ”を思い知り悩んでいた。
「私は男とはSEXできない」
Tにとって私は、男とのSEXの代用品だった。自分のまんこに臆することなく己の欲望を剥き出して、気持ちいいことが出来る相手。そして、私にとってTは、オンナが好きだという自分の欲望を隠すことなく向けられるただ一人の人だった。
付き合い始めてしばらく経つと、Tはオンナと付き合う自分を恥始めた。そして私に完全な男を求め、それに答えられないカラダを持つ私に苛立ちをぶつけるようになっていった。週に1回、その波はやってる。
「なんで男じゃないの!!!」
泣き叫びながらTは私を攻める。そのたび私は自分が男に見えるよう、せっせと努力を続けた。そしてどんどんわからなくなっていった。男化する自分。そのどこまでが私の本来の望みなのか。
17歳の5月。Tは、電話口でいつもより切羽詰った声で泣き叫んでいた。体育の授業でブルマを履いて走っている私を見て、私がオンナであることを実感したと言うのだ。クラスは違ったが、同じ学校にいるのだから私のブルマ姿など見慣れているはずだ。
『今日に限ってなぜ?今日のTはおかしい・・・。』
いつもなら、話しているうちに仲良くなるのに、この日のTはどんどんエスカレートしていった。
「オンナと付き合うなんて耐えられない。でもアンティルは好き。どうしたらいいかわからない。」
“ジェンダーの渦と愛欲にまみれた2人の女”(♪ジャジャジャン)
今思うと、安い昼メロのような話だが、この時の私は必死だった。
“辛い”“どうしたらいいのかわからない”“好き”“自分は何なのか?!”
オンナが好きだという欲望を肯定したまま向き合える唯一の存在を失いたくなくて、私は水面に口を出しパクパクさせる魚のように、必死でそこにい続けた。しかし、その存在は、私をもっとも否定できる相手でもあったのだ。
「会って話そう。ネェ!」
私の声はTには届かない。Tの泣き叫ぶ声がますます大きくなる。
「私、行きずりの男とSEXしてくる。初めて会う知らない男、もう会うことがない男なら、まんこを見られてもいい!!」
そういい捨ててTは電話を切った。
Tの家の近くには風俗街があった。そこに立ってさえいれば、この時間、SEXをやりたがっている男達はいくらでもやってくる。この街をいつも通っていた私は、そのことをよく知っていたから、Tがやろうとすれば容易く相手を見つけられるともわかっていた。だからTの言葉は、現実になりえるものとして私に残り続けた。
私の頭はパニック状態だった。慌てて電話をかけ直しても、電話は置かれたままで話中の音がする。何度かけてもつながらない。
『どうしよう。』
頭の中でTの声が繰り返し流れ続ける。
「男とSEX」
ネオンが光るあの街の風景が頭から離れない。
夕方の5時。私は急いで電車に乗った。