男湯に入り始めてから1年ほど経つと、以前ほど“オンナだとばれるのではないか”という恐怖を持たなくなった。いかにも“取りました!”という胸と、傷跡が残る乳首、男湯を前にしても、疑う男は誰一人存在しない。私は“男湯の男は他人のカラダを見ない”ということに気がついてから、温泉の中で手足を伸し、リラックスするようになっていた。気分は透明人間だ。次から次にブラブラとやってくるちんこを、私は思う存分、気分が悪くなるまで観察する。それでもほとんどの人は私の視線に気が付かない。
30歳を過ぎて、6歳の幼なじみと、父親そして痴漢のちんこ、計3本の生ちんこしか見たことがなかった私は、頭の中でちんこの図鑑を作ってみた。2月23日(木)。くの字ちんこ発見。湯船に腰掛けヒクヒク動く。5月111日(日)色黒で遊び人風の男、しかしちんこはいやにピンク。カラダの色とちんこの色は別物らしい。収穫収穫。
ある日、いつものように、ちんこ図鑑を増頁していると、私の前で10人ほどのオトコ達が立ち話を始めた。なにやら難しい話をしている。タオルでちんこを隠すものなど誰もいない。腰に手をやり演説風に持論を語るモノ、顎に手をやり真剣に考え込むモノ。専門用語を飛び交わしながら、男達は日本の経済を憂いでいる。私は「大学を舞台にしたアメリカの映画でよく登場する男性だけが集まる社交クラブの建物の中って、こんな感じなんだろうなぁ。」などと考えながら、男湯の真ん中で円陣を組む妙な塊を眺めていた。
ぼーっと塊を見つめているうちに、視界がぼやけ男達の顔から目や鼻やらがなくなっていく。と、同時に私の目の中にはっきりと現れてきたのがちんこだった。10本のちんこ。
私はいつものように、図鑑にちんこを書く気にはならなかった。
「こんなにちんこが集まっても、こんなもんなのか~。ちんこってしょぼいなぁ~。なんだよこれ~。」
心の中でそう呟いた時、私の頭の中に、ある男の顔が浮かんだ。Jの顔だった。
後輩Jは、いつもヘラヘラしている男だった。
特に取引先のKの前では、その特徴がはっきり出る。
K「これ、どうなってんだぁ」
J「オレってバカだからわかんないッスよね。えへへへ」
K「しょうがねーなー。・・・」
私がこんな会話をしたら、すぐに取引を止められるだろう。しかしこのコミュニケーション方法は、Jにとっては有効だった。体育会系の先輩、後輩のように、2人は熱く滑稽な人間関係を成熟させていった。
Jは年下やオンナ以外には、自分を卑下しながら自分を主張するという妙な方法でコミュニエーションしていた。そして、Jにとってオンナは常に1種類で“バカで感性の低い人間”だった。そのくせ、オンナとのコミュニケーションには、甘えん坊キャラで押し通す。Jの失敗の尻ぬぐいをする担当であった私も同様で、男の先輩ではありえないような舐めっぷりで接してきた。
数年前の秋、ミスをして「オレってバカなんっすよね」と、いつものように笑うJにいたたまれなくなった私は、いつもなら、励まし、おどけてみせたりしてJを次の現場へと押し出すところを、いかに“おまえがバカであるか”ということを並べ立てた。
J「オレってバカなんっすよね」
私「そうだよ。バカだよ!」
Jは、今までにないほど、顔に怒りためて逆ギレを始めた。
J「アンティルさんも、もっとちゃんと仕事してくださいよね! みんな言ってますよ!! ※☆△□・・・・」
自分でバカだと言っている人にバカだといっておまえの方がバカだ、と、言われる不思議。この時、これが男というモノなのだと実感した。
しょぼい10本のちんこはJを思い返させた。こんなしょぼいものを付けても誰もめげず、そんなちんこを舐めろと言えるずうずうしさも持ち合わせ、日本を語ることができるちんこ。きっと勃起している状態が本当の自分だと男達は思っているのではないかと、この時思った。Jは私に勃起していないちんこを出したのだ。そして、勃起を手伝わない私に腹を立てた。それが私の役割だから。JはKの前で勃起したちんこを差し出し、気持ちいいセックスを続けているのだ。この時、私はカラダの奥の方に固まっている、オトコへのもやもやが呼び覚まされる感覚を感じていた。
「フェラチオしないオンナは叩かれ、勃起させないでまんこを濡らすオンナは我が儘だとつぶされるんだ!」
私は自分の頭が熱をおびているのを自覚しつつ、男湯につかっている自分に首を傾げた。