今私は長いオーガズムの中にいる。
もう木曜日だいうのに、週末に過ごした時間の気持ちよさがカラダを包み、まだ私をフワフワとさせている。週末、私はオンナが好きなオンナ達3人と食事をした。これまでの自分を語り、笑い、今を話した満月の夜の食事会。私は“私”を語る力を何モノにも奪われることなく、持ち続けているように見えるオンナ達と共に、今を楽しめる幸せを感じながら「もし学生時代にこの人達と出会っていたら、どんな風だったのだろう」とぼんやりと考えていた。
私は、中学高校の6年間、女子校に通っていた。
私が通っていた学校は、憧れの先輩と交換日記をしている人や、体育祭でバスケ部のエースが活躍する姿をカメラに収めようと、最前列を取り合う人達が、特別視されることがなない場所だった。その場所で、ひときわ人気が高かったのが、水泳部のエースでクラスメートだった“たっちゃん”だ。
背が高く、肩幅も広いクリクリ二重のたっちゃんは、まさに学校のアイドルだ。
クラスでもその人気は凄まじく、誰がたっちゃんと手をつないでトイレに行くかが、クラスの関心事になるほどだった。たっちゃんと手をつなぎ、共に歩くことができる2人は、クラスの勝利者として羨ましがられた。そんなクラスメート達との時間を楽しむように、たっちゃんは「オンナとキスをしたことがある」とか、「今は○○ちゃんが好きだ」と言っては、みんなをドギマギさせ、魅了していた。そんなたっちゃんのロッカーには、たくさんの告白の手紙が入っていたらしい。
背の高さでは、たっちゃんとそう変わりがない、同じくオンナ好きな私は、というと、たっちゃんほどではないが、告白された経験を持つ。しかし私の告白の舞台は、ロッカーではなく、夜遅くかかってくる匿名の電話でだった。それは「あの手紙呼んでくれました(はーと)」という、明るく微笑ましい告白とは真逆をいく、じめじめとした暗い告白だった。
(ボソボソ声で)「あの、同じ高校の2年生だけど、アンティルさんに興味があって。普段どんなことしてるんですか?」
電話口の相手の声は皆、どことなく重く、いけないことをしているという罪悪感がにじみ出ているような声だった。
私は不気味さを感じながらも、ちょっとした興味と、まさかという期待で会話に参加していた。
「友達と遊んでる」
「えっ! 家でですか?」
「べつに決まってないけど。」・・・・・・・
一方的な質問が繰り返され、相手が勝手にリラックスし始めたか思うと、お決まりの質問が始まるのだ。
「好きになるとカラダを触りたくなったりしません?」
その質問のカラダとは、明らかにオンナのカラダを指していた。
電話の目的は、私への思いを伝えるためではなく、オンナとのセックスがどういうものかという興味を満足させるためだった。私は、いつもちょっとだけがっかりした。
私はオンナとセックスをしているレズとして有名だった。
同級生とのセックスにはまり、時間があると、人気のない学校の階段の踊り場や、デパートのトイレ、ラブホテルなどでセックスをしていた私を、きっと誰かが目撃したのだろう。噂は学校のかっこうの話題となり、学校中の人がワイドショーのレポーターのように、私のプライベートを知りたがっているかのようだった。セックスの香りがする、イケてない私へ向けられるのは、歓声ではなく興味と嫌悪で作られた言葉だった。それは生徒だけではない。教師とて同じだった。男の教員には「この前○○のホテルの近くにいただろう」と釜をかけられ、担任からは「あんたはいったい何なのか」と毛嫌いされていた。
<余談だが、卒業アルバムに担任からのメッセージ欄があったのだが、担任から私への贈られた言葉は、「もうあなたと会わなくてすむと思うと幸せです」というものだった。(笑い)>
先輩に告白しても、バレンタインデーでチョコをあげても、レズと揶揄されることのない世界の中で、たっちゃんはレズと言われることなく青春を謳歌し、私は、学校でただ一人、レズと呼ばれ後ろ指を指された。
私とたっちゃんとの違いはなんだったのだろう。
自慢じゃないが、私の運動神経はピカイチだった。体育祭では常にチームの勝利に貢献して輝いていた。なのに、私は結局「アンティル先輩かっこいい~」なんて言われることも、手をつなぎたいと言われることも一度もなかった。私に向けられる告白は夜にかかってくる匿名の電話のみ。1回だけ名前を名乗り、私を好きだと告白した人は、私が学校で話しかけると迷惑そうだった。
眩しいほどに輝いているたっちゃん。同じ教室で今日のセックスのために入念に詰めを切る私。もし私がセックスをしていないオンナ好きだったら、私はラブレターをもらっていたのだろうか? なぜ私に電話してきた人達は、魔法使いに呪いの薬をもらいきた町人のように、こっそり私に電話をかけてきたのだろうか。
私は愛と欲望の違いを考えずにはいられない。“人を思う気持ちに国境はない。”だれの言葉か知らないが、欲望には、はっきりとした国境があることを私は知っている。それを無視して、セックスという欲望を露わにする私と、学校中に愛を振りまいた、たっちゃん。私は叩かれ、たっちゃんは人気ものになった。
そんなたっちゃんがいた高校時代を思い出し、『もしこの人達ともっと早く出会っていたらどんな青春時代を送っていたのだろうか』と考えた週末。もしここに、たっちゃんがいたら、私はこれほど楽しめただろうか。こんなにも、週末の夜が楽しかった理由。それはどうやら、オンナが好きなオンナが集まっているから、というだけではないようだ。