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私はアンティル vol.15 わき毛とわたし

アンティル2005.07.05

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今年も夏がやってきた。ホルモン療法と卵巣・子宮の摘出手術の影響で更年期障害となった私にはこの暑さは辛い。5分おきにやってくるほてりのせいで、私のカラダは冬だろうが夏だろうがおかまいなしにダラダラと汗を流す。黙っていても私自身が熱いのだ。だから私は“今日は暑いだ、いくぶん涼しいだの”といった時候の挨拶が出来なくなった。(私)「今日は少し涼しいですね」「えっ今日は真夏日ですよ」(私)「あ~そうですか(しょんぼり)・・・」とうとう温度の感覚まで、多数の他者と共有出来なくなってしまった。

夏になると思い出すことがある。高校時代のプールの時間のことだ。
私が通っていた女子校は、6月から9月頃まで体育の授業でプールに入る。週にだいたい2~3回。私は生理だとか、蚊にさされた所からバイ菌が入って皮膚病になったとか様々な理由をつけて、なるべく見学するようにしていた。私がプールに入らない本当の理由。それはわき毛だった。

高校生の頃、私は初めてまんこ持ちと付き合った。その頃から、見るからにレズだとわかるようになっていった私は、歩いていても、食べていても、観ていても「あの人、女なのに男の恰好してる。レズだ。気持ち悪い。」と囁かれるようになった。その声は、いつでもどこでも遠慮なしに聞こえてくる

「こんな風に言われたくなかったら、男が好きな女になれ!」私にはその声が、そう言っているように聞こえた。四六時中聞こえてきたから私もヘトヘトだったが、だからといってまんこ持ちが好き、まんこ持ちとのセックスが好きだという自分の欲望を手放すことが出来なかった。

社会と私、相容れない関係は常に対立していた。そして、対立すればするほど私と社会の境界線は強く記されていくようだった。私は社会から私自身を奪われないように必死になった。わき毛を剃ることにも、剃らないことにも、格別の拘りがあったわけではない。でもだからこそ“わき毛が生えていることは恥ずかしい。じゃあ剃りましょう。”とはどうしても出来なかったのだ。わき毛を剃るということは、私が社会に変えられることと同じように思えたから。わき毛は私にとって社会の象徴だった。

プールに入る事を拒み続けた私に試練が訪れた。
「このままプールに入らなかったら単位はやれん、卒業できないぞ」という体育教師が現れたのだ。教師が私に与えたラストチャンスは、学期末の水泳テストだった。ボウボウなわき毛を見られるのはやっぱり恥ずかしい。羞恥心と社会の圧力に戸惑う私。どうしよう。私は数日間悩んだ。当日まで悩んだ。その日、私は休み時間になるたびトイレに入り、カミソリとわき毛を見つめながら考えた。『剃るか剃るまいか・・・』。そして私は、わき毛をはやしたままプールに入ること選んだ。
最初の関門は更衣室だった。「アンティルはどんな下着を履いているんだろう?!」更衣室は軽い興奮状態だった。私の周りになぜか人が多い。私はトランクスを見られないように、制服とトランクスを上手に一緒に脱ぐ。一気に脱がなければ・・・っよし成功。水着になった私の姿はすでにもうクタクタだった。しかし、本番はこれから。私は脇からはみ出したわき毛を中に押し込め、脇から腕を離さないようにぐっと脇を締めたまま、プールサイドに向かって歩き出した。

第二の関門、準備運動。「腕を大きく回して~ぐるぐるぐる」私はわき毛が見えないように高速で腕を回す。太陽が眩しい。
「アンティルの番だよアンティルが泳ぐよ~」
いよいよ水泳テスト、クロールのスタートだ。プールサイドの視線を一身に受けて私はチャプとプールに入る。もちろん脇は締めたままだ。「位置についてよーいピー(笛の音)」水面からわき毛が出ないよう、最小の円を描きながら25メートルを泳ぎ切った。ゴーール。私の夏は終わった。時間を計る係りが声を上げた。アンティル、○秒○。

クラスで2番目の好成績を出してしまった私は校内水泳大会のリレーの選手に選ばれてしまった。私は数週間後、全生徒の前でわき毛クロールを披露した。私のレズ疑惑はこの時、疑惑から確信に変わっていった。

夏が来ると思い出す。わき毛と私。暑さの感覚まで多くの人と共有できなくなった私は今年もボウボウにわき毛をはやしている。みなさん今日は暑かったですか?

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アンティル

アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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