今年もすいかの季節がやってきた。
私はすいかを見るたびに、皮1枚になるまですいかを食べ尽くす姉のことを思い出す。
言葉の遅れによる発達障害を持つ私の姉の食欲はもの凄い。
子供の頃、夏になると私の家の冷蔵庫には、細長い棒状のビニールに入った、緑や黄色、赤や白のジュースを凍らせて食べるアイスが必ず入っていたのだが(真ん中でパキーンと2つに割れるアイス)姉は、母が買い足すたびに、目敏くそのアイス
を見つけ、まだ凍っていない12本入りのアイスを次から次へと飲んでいた。
私は姉に飲まれまいと、常に見張っていたのだが、「もうちょっとで凍る、もうちょっと」と、食べ頃まで待っているうちに、気が付くとアイスは無くなり、私の分は大抵姉のお腹におさまっていった。姉は私と母の目を盗み、1本残らず食べてしまうのだ。私が確実にアイスを食べるためには、買ったばかりでまだナマぬるい液体を飲まなければならない。『それでも食べられないよりはまし』と、私は必死で液状のアイスを飲み込んでいた。
サバイバル。姉はどうぶつ奇想天外で紹介されるライオンなみに、食べ物に向かって突っ走る。そんな姉に私は頭を使って闘いに挑んだ。袋にはいった飴を数え、半分取り出して別のビニールに入れる、ヤクルトならボトルに“アンティル!”と名前を大きく書いておく、そのもの自体を隠しておいく・・・。それでも姉は“食べたい”という欲求を果たすため、私が作ったルールを軽々とやぶり、探し当て食べてしまう。、『私に出来ることは制裁しかない』と、私は時には姉をぶったりして怒りをぶつけていた。
しかし姉も負けてはいない。“泣く”という行為で再び私に向かってくる。感情をうまく言葉で表現できない姉は、泣くことで怒りやいらだちを伝えようとした。感極まってというより、誰かに訴え、助けを求めるために泣きわめくのだ。だからこそ、その声はとてつもなく力強く、大きく、恐ろしい。自分たちが行くまで泣きやまないことを知っている母や父は、姉の思惑通り、必ずケンカの現場にやってきて、「ぶっちゃだめでしょ」と私をいさめた。
「お姉ちゃんがゲームでズルしたんだーだからぶったんだ。アンティルは悪くないよ~」
小学校3年生くらいの時、そう泣いて母に訴えたことがあった。母は、「お姉ちゃんはそんなことしないでしょう。それにそんなこと出来るはずないでしょう!」と暴力をふるった私を叱った。自分の部屋に戻った私は、「本当はズルができる頭を持っているのに。みんなお姉ちゃんの正体を知らないんだ。性格だって悪いのに~みんな信じてくれない~!」と心の中で叫びながら、ウサギの人形とコップと水筒を鞄に詰めた。腹いせの家出である。近所をぐるぐるまわっているうちに、空が薄暗くなって怖くなった私は、とぼとぼと家に帰ったのだが、私が家出したこと自体、誰も気が付いていなかった。わたしはますます寂しくなった。
学習能力の乏しい障害者は頭が回らない、障害者だから心が美しい。そんなことはウソである。自分がしたくないことをヤラされそうになった時、自分がやりたいことを邪魔された時、姉は頭をぐるんぐるん回転させて万策を練る。
40近くなった姉が、去年急に「障害者手帳がほしいと」言い出した。
父と母は、姉が軽度の発達障害だったことだったこともあり、「障害に甘えることなく逞しく育ってほしいと」と、教育委員会にかけあって、姉を小中高にわたり普通校に通わせ、障害者手帳も申請しなかった。姉も障害者だと思われるのを嫌っていた。その姉が自分から障害者になりたいというのだ。しかし障害を持って生まれてきたといっても、40年近く、一応問題なく生活してきた人には障害者手帳は発行されないという。そこで姉は、家族が知らないうちに精神科に通い始めた。
姉はアルバイト先のパン屋で仕事をしている時、たまに頭がまっ白になると医者に症状を訴えたのだ。そしてその数ヶ月後、姉は楽しそうに私に言った。
「わたしパニック障害なの」
姉は生まれつきの発達障害と現在のパニック障害によって、望み通り障害者と認定された。その後の姉の様子を母に聞くと、姉は障害者手帳を持って遊園地によく一人で行っているという。
快楽主義の障害者。なぜ姉が障害者手帳をほしかったのか、私はこの時確信した。
私は姉が嫌いだ。ずるいし、泣けば済むと思っている甘ったれだし。しかし、私と姉には共通点がある。自分の欲望を我慢ができない障害者であるということだ。姉は「私は障害者だぁ~アイスをおもいっきりたべさせろ~」と泣きわめき、私は「まんこ持ちとのセックス大好きだぁ~オナニーだ~いスキ」とまんこを濡らす。2人ともなぜ欲望を押し込めることが苦手なんだろう。なぜ2人とも障害者に
なったのだろう。
5万人に一人の障害を持った姉と、10万人に一人といわれる性同一性障害と診断された私。アイスにかぶりつく障害者の姉を持ったことで、もしかして私は自分の欲望と向き合うすべを学んだのかもしれない。