私は初対面の人に会う時、「FTMのアンティルです」と挨拶をする。でも最近私は“FTMの”というとき、少し口ごもってしまう。FTMのアンティル・・・FTMの・・・FTMに出会えば出会うほど、私からFTMは遠のいていく。
私は1年前まで、FTMでありながら、FTMの人と話をしたことがなかった。病院の待合室で見かけることはあっても、話すことはなかったのだ。そんな私が「FTMのアンティルです」と、初めて挨拶したFTMは知人の紹介で会ったTさんとIさんだった。
TさんとIさんに会う日、私はとてもウキウキしていた。
「会ったらどんなことを話そうかなぁ、どんなSEXしてる?それとも、どんなディルドが好き?」
私の頭の中では、話に花が咲くFTM3人の顔が、はっきり浮かんでいた。雨の中、TさんとIさんは現れた。
二人はとてもオトコだった。ともに身長170センチ以上、鍛えられた腕にはスジが浮き出ている。贅肉などどこにもない。どこからどう見てもまさしくオトコ。私には、この人達がマンコ持ちであるとういことが信じられなかった。
ちなみに私はというと、身長168センチ、体重68キロ。背は低いほうではないのだが、足が極端に短く、胴は驚くほど長い。高校生の時のデータだが、私の座高は1メートル3センチだった。ということは、少ななくとも、今の私の足の長さは65センチである。誰もがこの話を信じないが、先日、同じ身長の北原さんと足の長さを比べてみたら、北原さんの足の付け根が、私のおへその下まであった。私が座わると、だいたい180センチくらいの背丈の人と同じくらいの高さになる。電車で座っていると、いつも一番高い。車を運転していると、天井に頭が当たり不自由だ。
どんどん話が脱線していくが、私の父もほぼ同じ比率で足が短い。身長が175センチある父の座高は、ほぼ1メートル15センチ。これは2メートルくらいの身長に匹敵する。うちの車の運転席の天井には、いつも黒い痕が丸くついている。車を乗り換えても乗り換えても、その痕は同じ所に同じようについているのだ。子供の頃はそれが不思議でたまらなかった。その正体は父の頭だった。天井に頭を擦り付けながら運転するしかない父は、車に黒い痕をつける。父の頭が天井につかない車などそうそうないのだ。
父から遺伝したこのヘンテコなスタイルは、私をぶかっこうな生き物にする。4つ足動物が無理矢理立ち上がったような体の形。それにひきかえ、TさんとIさんはかっこいいFTMだった。私は、「完璧なFTMだなぁ」と感心し、じーっと見入ってしまった。しかし一番驚いたのは、2人の関係だった。TさんとIさんは年が離れている。そのためか、頼れる兄貴とかわいい弟という感じだった。
T「このままの状態で生活するのはつらいっすよ。」
I「くじけずがんばろうぜ!オレも、がんばるからさぁ」
「あの~私もFTMなんですけど・・・」「がんばってるんですけど・・・」
と話に入ろうと思ったが、そんな隙間はどこにもなかった。オトコのアツ-イ友情で結ばれた2人。私にはそんな会話は出来ない。2人もそんな私に気付いたのか、ほとんど私に声をかけることなく地下鉄に乗って帰っていった。FTMらしい2人とその中に入れなかった私。私は少し寂しい気持ちで家に帰った。初めて自分がFTMらしくないかも?と、思ったそんな夜だった。
らしくないという言葉は私にいつでもついてまわる。子供らしくない、女の子らしくない、オンナらしくない。私は19歳の頃に、みんなが言うオンナらしい人になろうと、自分を変えようとしたことがある。それにはまず、オンナ好きをやめねばならないと思い、私は毎晩テレクラに電話をしてオトコと話し、オトコを好きになれるよう、夜な夜な自己練していた。
そしてある夜、私は20代後半のオトコと会う約束をした。特訓である。私はクローゼットをあけて、一番オンナらしく見られる服に着替え、待ち合わせの場所に向かった。オトコは白い車で来るという。その時私は、“セックスはイヤだけどフェラチオはいいことにしよう”と、心に決め、約束通り雑誌を小脇に抱え、立っていた。数分後、それらしき車がすーっと現れた。しかしオトコは降りてこない。私は自分から運転席の窓をノックした。電話で話した時はノリノリで話していたはずなのに、オトコのテンションは見るからに低かった。
そして5分後、私は車から降ろされた。距離にして1キロほどだった。フェラチオどころか、質問一つされなかった。“オトコは異様なものを乗せてしまった”というような顔をしながら運転していた。私はこのオトコの横顔しか見ていない。ボウボウにはえたスネ毛も脇毛も剃ることもなく、フェラチオ覚悟で助手席に座る私を、オンナらしい格好は隠しきってくれなかったのだろう。まんこはあるのに・・・やる気まんまんだったはずなのに・・・私は歩いて家に帰った。
しかし、そんな私をオンナらしいというオトコもいた。
「いつもパンツ履いて、強気な感じだけど、オレにはわかるんだ君のオンナらしさが、甘えていいんだよ、いつでも」
確か、そんなことを言われ続けた。テレクラ同様、チャレンジ期間だった私は、このオトコの誘いにのりドライブデートに出掛けた。待ち合わせは、都心から電車で1時間半くらいかかる埼玉県のとある駅。オトコは私を車に乗せ、畑の周りをグルグルまわり出した。3時間位のドライブだった。本当の私を知っているというオトコの顔は楽しそうだった。あのオトコは、私にどんなオンナらしさを見ていたのだろう。それきり会うことなく、たまに電話で話す程度だったが、友人によるとそのオトコは2年近くの間、私を忘れられないと嘆いていたらしい。
私のまわりにはいつも、らしさという言葉が回っている。気にせず無視をしていると、らしくないという言葉が私を否定する。これから先、私はどんならしさを求められるのだろう。今のわたしは何かに対し、らしさを求めていないだろうか。「FTMのアンティルです。」私はいつまでそう笑って言えるのだろうか。