最近、ありがたいことにこのコラムの感想をよく頂く。たいていの人が感想を言う前に、私の顔を見て笑っている。そして「あれはフィクションでしょ?」というのだ。「全部ホントに体験した話です」と答えても「ははは」と、また笑われてしまう。フィクションだと思われる私の人生って一体何なんだろうか。
私は7年前の夏、性同一性障害の治療を受けるために精神科に行った。性同一性障害の治療には、第一段階から第3段階まであるのだが、第一段階の治療の場所が精神科なのだ。第一段でまず行うことは、ロールシャッハテストだ。ここで精神疾患を抱えていないか始めのチェックをする。異常がないと判断されると、カウンセリングに進む事ができる。このカウンセリングは、1回15分くらいで、養育歴、生活史、性行動歴を聞かれるがままに話すというものだ。
ここで問われるのは、“いかに心がオトコか”ということと、“オトコでないことで、どれだけ困っているか” ということ。そして、このカウンセリングを1年以上おこなったのち、2人の精神科医が「この人は間違いなく性同一性障害だ」と診断し、ジェンダークリニック委員会という中枢機関が「しし OK!」とハンを押すと、ようやく、患者は性同一性障害と認定されるのだ。この過程で、同性愛者や精神疾患の人は注意深くはじかれていく。
この間はまるで、すごろくでもしている気分だ。ゴールは性同一性障害。すごろくの途中には、いたる所に“スタートに戻る”と書かれたマスが用意されている。そしてスタートに戻された者には、また違うゲームが待っている。しかも今度はゴールが見えないゲーム。ゴールには何があるのか?・・・。
私は、そのゴールに変態・異常者という文字が書いてあるような気がしていた。私の心はオトコなのか? 本当に精神が病んでいないのか? 私はわからない。だからこそ、私の駒がどこにゴールするのか不安だった。オトコとオンナのどちらにも属すことができなかった私の前に、ふいに現れた性同一性障害者という新たな場所。
「胸をとってTシャツを着たいなぁ~髭もいいかもね。」
と、気軽に踏み入れたその場所は、グレーゾーンがない、黒と白の世界だった。属す場所があるという世界は、私にとって未知の世界だった。好奇心をくすぐる場所だった。その中にほんの少し入ってみたその瞬間、私は属す場所がなくなる怖さを味わったのかもしれない。私の心の中のあるオトコとオンナ、私の頭の中の異常と正常、その境界線のどちら側に自分かいるのかわからないまま、私はゲームを始めた。目指すは、性同一性障害!この時、私は性同一性障害を勉強を始めた。
私には、FTMの多くが幼少期に感じる、ペニスに対する欠損感というものがなかった。「なぜ自分にはチンコがはえてこないのか」「いつかはえてくるかも!」私はそんなことを思ったことがなかった。しかし、性同一性障害と診断されるためには、そんなことじゃだめなのだ。私はカウンセリングで、ちゃんとFTMらしく答えられるように、FTMの体験記を読んで正しいFTMの体験記をマスターした。
医師「子供の頃はどんな子供でした?」
私 「はい、ペニスがないことに悩んでいました。それはずーっと続いていて高校の時には、雷に打たれてオトコからオンナになった人話しが週刊誌に載っていたので、雷が鳴ると屋上で傘を持って立っていまし た。」
週刊誌に記事が載っていたのはホントだけど、この話しはうそである。今にしてみれば、医師の判断は間違っていたと思う。こんなことをやっている高校生は、それこそ狂人だし、医師の質問は“どんな子供だったのか?”である。それでも医師は、同情するかのように深くうなずき、カルテに“雷に打たれて・・・”と書いていた。
「オトコ友達はたくさんいます。信用できるし、オトコだと仲間って感じかなぁ」
これも、多くのFTMが共通して言うことだ。しかし、私にはオトコの友達がいなかった。(今もいませんが)そこで私は、仕事で出会うほんの知り合い程度のオトコを、仕事後、ドトールに誘うようになった。
仕事の話し以外、まるで話しが噛み合わない気まずい時間。それでも、私は携帯電話の番号を聞きだし、アドレス帳にそのオトコの名前を打ち込んだ。これで男友達一人ゲットである。
しかし作ることができない事実もあった。FTMはオトコとキスをしない。私はたった1度だけ、オトコとキスをした経験があったのだ。しかもディープキス。これだけは知られちゃならないと、私は自分の記憶を封印した。
精神科医から「男性経験は?」と聞かれた時も、「ありえません」と、必要以上に否定した。でもこの時医者が聞いたのは、SEXのことだったけど。
一番ドキドキしたのは、ロールシャッハだ。こればっかりはウソがつけない。インクのシミのようなものが、何に見えるか聞かれるたびに、私はドキドキした。
「もし変なことを言って精神疾患だと診断されたら・・・。」
そう思うと、インクを見る目がするどくなった。必死に答える私は、医師からみたらそれだけで充分、変な人に映ったことたろう。
私は、「鳥が2匹います。」とか「シミにしか見えません」と、当たり障りのなさそうな答えを続けた。しかし、何だか忘れてしまったが、私の答えを聞いたとたん、医師の表情が変わったことがあった。
「普通は○○とか○○に見えるって答えるんだけど、よーく見て」
私はこの時、「見透かされた!」と、とっさに思ったのを覚えている。私は自分のことを何だと思っていたのだろうか。
性同一性障害を目指し始まった精神科通い。
少しフィクションが入った私の体験記。
私はここで、性同一性障害と診断された。
このコラムはホントにあった話です。