このコラムを書き始めて数週間、私は昔のことをいろいろと思い出している。定かでないことことも多いので、母に昔のことを聞いたりして。母は、私が高校生のだった頃が一番地獄だったという。子供の頃、お金がなく、パンの耳を食べていた時よりも、知的障害者である姉を産んだ時よりも、その時代は辛かったと、しみじみ言うのだ。
「身代わり地蔵(悪いところをたわしで擦ると治ると言われている)の頭を撫でて、あなたのことをお願いする毎日だったわ」
私は何をしたのだろう?
性同一性障害もまだ存在しない、20年位前。ニューハーフブームが起こる直前、レズといえば佐原直美、同性愛は精神異常者。それが当たり前の(たぶん)最後の時代。私は高校生だった。
女子校に通っていた私には、同級生の恋人がいた。オナニストではあるが、セックスはしたことがなかったTと私は、初めてのセックスにはまり、高校時代の3年間、狂ったようにセックスしていた。学校のトイレ、音楽室、しらないマンションの踊り場、デパートのトイレ・・・周りの目も気にはなったが、それよりも性欲だった。
そんな二人は、学校で有名なレズカップルだった。
中でも、セラー服を着て、男物のごつい革靴を履き、腕の体毛が最長8センチもある超毛深いオンナの私は、異様だったことだろう。(余談だが、私はホルモンを打つ前からとても毛深かかった。というより産まれた時から毛深かったらしい。母は私を産んだとき、あまりの毛深さに猿を産んだのかと思ったそうだ。しかも腕の毛は、毛深いというより長い。私はこの不必要に長い体毛は一体どこまで伸びるのかしらと、授業中に体毛の観察日記を書いていた。最高記録は最長8センチ。ホルモンを打つようになり、この記録は2センチ更新された。)
どんなに隠しても、“見た目がヘテロじゃありませ~ん”とアピールしているような女子だった私を、周りが放っておくはずがない。いめられることはなかったが、私をみると「オンナが好きだなんて気持悪~い」「誰かオトコ紹介してあげれば。あはは」とヒソヒソ話しが始まる毎日だった。でも、だからといってオンナが好きだということを私はやめることが出来ず、セックスしまくっていた。
Tは自分の性器にコンプレックスを持っていた。母親のマンコと自分のマンコとでは形が違うことに驚いたTは、オナニーのし過ぎでマンコの形が変わってしまったのではないかと悩み、“自分のまんこは恥ずかしいものだ。オトコとはセックス出来ない”と、思い込んでいたのだ。そんなTは、私にちんこの代わりを求め続けた。『ちんこを挿入して射精してこそセックス!』と、私とのセックスに、ちんこと精液を持ち込み始めたのである。
互いのカラダを舐め合い、膣に指が入る感覚を楽しむ気持ちいいセックスが、次第に挿入に拘ったセックスに変わっていった。そして私はこの頃から、チンコがない自分、でもオンナが好きな私。私は誰? という疑問を持ち始める。Tの挿入への拘りは凄かった。指を挿入するだけでイケるのなら、もっと大きなものを入れたらもっと気持ちよくなるはずだと、マジック、野菜、などを入れたいと提案するようになった。そしてフィニッシュは野菜で、マジックで、というのが当たり前のセックスになっていった。
私がTとのセックスでまず始めにすることは、入れられるものを探し、洗うことだった。どこでも出来るように、私は常に石鹸を持ち水場を探していた。私もそんな挿入セックスをどこかで楽しんではいたが、今思い出すと少し狂っていたなぁとも思う。
紅葉が綺麗な温泉旅館に行ったときだった。
部屋に入るやいなや、Tは50センチほどのちゃぶ台を指さして言った。
「これ入れたい」
私はちゃぶ台の脚のを丁寧に洗った。これを入れたらどうなるのかと、想像しながら4本とも洗った。部屋に洗面所がついていてよかったと思ったのを覚えている。あんなふうにちゃぶ台を洗うことは、これから先ないだろう。その夜、私は1本の脚を挿入しては抜き、また次の脚を入れては抜き、4本の脚をかわるがわる挿入した。ちゃぶ台を回し続けた為に、私は次の朝筋肉痛になっていた。
Tが想像するちんこの感触に一番近かったのが、コーラーの空き瓶だった。この瓶を好んだTの為に、私は常にコーラーの瓶を持ち歩いていた。学校で抜き打ちの持ち物検査があった時、この瓶は何のために持っているんだと聞かれて何も答えなかったために、危険物として没収されてしまったけど。
セックスばかりの高校時代、ちんこがない自分というものを突きつけられた高校時代。私はセックスを楽しみながら、苦しんでいた。そんな私を母はどんな風に見ていたんだろう。何を悩んで、何を考えているのかわからない我が子をどうにか理解したいそして更正させたいと願っていたに違いない。しかし母の頭もパニックだったのだろう。ある日私がのんびりと昼寝をしていた時突然「おまえは悪魔だぁ~」と包丁を持って追いかけてきた。初めは悪い冗談かと思ったが、本気だとわかったとたん、怖くなった。ホントに怖かった。でも母もきっと誰にも言えず苦しかったのだろう。
ごめんねママ。