前から個人的には聞いてはいたものの、7月26日に改めて香川則子博士の「卵子凍結」の講義を聞いた。私が2年前に堀口雅子名誉会長から会長を引き継いだ「性と健康を考える女性専門家の会」の勉強会にて、約30名の聴講者だったが、狭い会場に疑問の渦と静かな興奮が漂った。
卵子凍結。それのどこが凄いのか。
受精卵ではないところが凄い。相手がいなくても、決まっていなくても、自分の若い卵子を取って置ける。慌てて今だ!と思った時に精子クンをゲットしなくても、あとでゆっくり頂くこともできる。あるいは、精子はもっと前から単体で凍結できるので、お互いが手持ちの駒を、好きな時に繰り出すことができる、というわけだ。
でも、針を刺して取るなんて・・・不・自・然。必ずそう言う方がいる。はいはい、そうですね。ガラス化法という方法で急冷することで、卵子を壊さずに何年も保存できるのだそう。
香川さんは新進気鋭の博士で、ありま~す、なんて言わずに猪突猛進、目的にまっしぐらの生粋の科学者である。海外からも招聘され、絶滅危惧種の卵子凍結で一役買っているとか。その美貌や物腰に騙されてはいけない。どんなおっさんより、ちゃんとおっさんもできる(褒めてます)。
私は「日本生命倫理学会」という宗教学・社会学・倫理学・医学の4分野からなる学会の研究開発委員なんぞを拝命している関係上、倫理的に問題があることは進めてはいけないのでは、などと思っていたが、香川先生は、技術が先、ときっぱり言い切った。たしかに、技術がなければ「できない」のだから、議論にならない。技術があってさて、それをどう使うか、というところで議論になるわけである。とはいえ、生殖分野は、グレーゾーンが多く、それやっちゃうの?ということも起こる。AID(Artificial Insemination by Donors)という「他人の精子を使用した人工受精」は60年前から粛々と行われており、ごく最近では「義父の精子での人工授精」が受精着床学会で発表された。技術的にはたいしたことではないが、第三者的にはどちらが気持ち悪いか、という感情論になる。私は個人的には、誰かわからないAIDより義父の人工授精のほうがまだ心情的に受け止められるが、力関係ではAIDを行っている施設の方に政治力があるためか、あまり倫理を問われない。もっとも、義父のDNAをもらうというのは、イエ制度の縛りを受け止めることだから、そういう意味での嫌悪感もまた理解はできる。この議論で面白かったのは、DNAやイエ制度の全否定である。それじゃあ、普通の人は何が産みたいわけ?とちょっと驚いた。香川先生によれば、誰でも自分の子を残したいわけだから、となるが、それでも自分だけのDNAでは子どもは作れないときに、愛する人の精子がない場合、誰からもらえばいいのか。
さて、その生物時計が大変厳しいのが女性の人生。妊娠可能期間は15歳から45歳くらいまでの約30年間と一見長いように思えるが、最初の10年は早すぎる、後ろの10年は遅すぎる、と言われても真ん中の10年もまた、なかなか社会支援が整ってはいない。真ん中の10年までに卵子を採取して凍結しておけば、後の10年で楽に産める、というわけである。だからと言って40代でも50代でも、というわけには行かないけれど、若い卵子ほど妊娠しやすいのは自明の理で、日本の今の不妊治療は希望があればいつまでもと、治療というには確率が低すぎる人が多く、止め時を決めることも大事なことである。
ダイエットなどで、月経が止まるBMI 18(体重kg/身長m2)を割り込めば、当然排卵も止まる。その間は排卵していないだけで生物時計は止まらないから、毎月排卵しないまま何百個も卵子が廃棄処分になる。ピルで月経を整えても同じ。卵子は年齢と共に老化するだけでなく、元の卵原細胞が毎月恐ろしいほど失われていく。20代までには出会えるはずのない10歳年下の理想のパートナーと出会った時に卵子が保存してあれば焦ることもないが、アタックすることすらためらわれて淡々と日々を過ごしている女性の苦悩も耳にする。
今は主に白血病などで抗ガン治療をして損なわれる前に行われている卵子凍結だが、一般女性でもできる。費用は80万円ほどかかるが、その前に十分なカウンセリングがあるので、相談してみるのもいいだろう。
採取できるのは35歳まで。今、相談に訪れる女性のほとんどは35歳以上なので、採卵までいく人は少ないそうだ。イギリスでは、大学に入った娘のために父が採卵費用をプレゼントする、という考え方もあるようで、この分野からは目が離せない。日本はいつも週回遅れだが、世界にこの技術の標準キットを提供している香川先生の活躍に期待している。