仕事柄、いろんな国でパーティーとかレセプションなどに招待されてきたけど、こういう場はそこのお国柄が表れるなあと思う。ホスピタリティ、日本語で言えばおもてなしの違いは面白い。
ざっくり言うと、アジアの国々は往々にして食べ物がふんだんに用意されていて、もう食べ切れないよーとなってもまだサーブされたりする。大食いの私にとっては嬉しいおもてなしで、さすがアジアの食文化、と感激する。
映画祭や展覧会のオープニング、または文化施設や大使館のようなレセプションもあれば、関係者が自宅に招いてくれたおもてなしもあったなあ。在ウズベキスタンのドイツ文化センター長のご自宅でロシア人の奥様が用意してくれたロシア料理。マレーシアで招聘者のお父様が用意してくれたテーブルも豪華だった。チェーンレストランを経営するだけあって、グルメのこのお父様が腕を奮ってくれた料理の数々の美味しかったこと。そしてあらかた食べ終わって膨れたお腹を抱えているところに帰宅した息子さんは数々の賞を穫ったシェフ。そこからキッチンに入って更に私たちの為に料理を始めた。うわー、嬉しいし食べたいけど、さすがにそんなに食べられないよー、と苦笑したっけ。さすが、アジアの食文化を実感した楽しい夜だった。
ところ変わってドイツでのおもてなしの中でも、心に残っている一つはもう10年以上も前のこと。夫の恩師でもあったある著名なアーティストが亡くなり、そのアーティストと付き合いが深かったB市の美術館長H氏が彼の追悼式を開いた。私たちもその追悼式に参加したのだが、その後の夜、まだ残っていたゲストたちを館長は自宅に招いてくれた。それは今も記憶にはっきり残っているくらい、印象的なおもてなしだった。
玄関からの廊下をまっすぐ抜けて通されたリビングの大きな長テーブルの真ん中には、幅は25cmくらい、そしてその長さがゆうに1m以上はあろうかという長ーいパン。パーティーブロートと呼ばれるこの手のパンは普通は大きくても50cmくらいかと思うが、これは昔からの付き合いであるパン屋の特注品なんだとか。その周りの縁取りにもられたハーブのみじん切りも鮮やかできれいだ。
そしてゲストのめいめいが、用意された2〜3本のブレッドナイフでこの大きなパンをスライスし、ところどころに置かれたバターやチーズやスプレッドを塗ってからハーブの上にべたんとその面を押し付ける。そしてそのハーブがたっぷりとついたパンを、用意されたビールやワインとともにいただくのだ。
まずはホストのH氏自ら、これがうちの30年続く伝統のもてなしなんですよ、とその豪快なパンの食べ方を披露して、さあどうぞ!と声をかける。みんな楽しそうにこの大きなパンと格闘しつつ、一人一人パンを切っては好きなスプレッドを塗ってハーブの上へ気合いを込めて、ベタっ!と押し付けていく。その他用意されたミニトマトやチーズ、ミートボールなんかもつまみつつ、40人程のお客はあちこち席を探して移動しながら周りと会話を始めるのだった。
ごくシンプルで豪快だけどハーブの緑と焦げ茶のパンの色並びが鮮やかで、パンは噛み締めるたび味が増すようなほんのり酸味のあるサワードウ系の素朴な味。豪奢な皿料理が出てくるわけじゃないけど、肩の力の抜けたもてなしは、ホストもゲストも気楽にさせてくれる。しかも、めいめいが自分の味を作るというところが自ら参加してる、という気分が高まって楽しい。一人、皆を気づかってどんどんパンを切ってくれちゃう親切すぎる人がいたけど、すぐに周りからブーイングが飛んだ。それはなしでしょ、皆自分でやってみたいんだから。
宴の後にまだ残る大きなパンを見て、これがこのお家の明日の朝ご飯になるんだろうな、と思ったら、息子さんいわく、その後1週間くらい毎朝このパンを食べるのも30年続くこの家の伝統だとか。ふふふ、やっぱりね。ちなみにこのお家、息子さん3人に娘さん2人という大家族。あの大きなパンの豪快さは、5人の子供たちを育て上げた母親ゆえのアイディアなのかも。
簡素だけど、とても楽しくておいしいもてなし料理。思えば、これって日本でいう手巻き寿司パーティに似ている。酢飯と海苔を用意して、めいめいが好きな具を乗せて巻いて食べる。客が大勢の場合はこういうのがいいんだな、ホストの負担も少ないからその分お客と話を楽しむこともできるし、お客が自分の味を作ることができるのもまた一興。そういえば海外在住の日本人がよくやるもてなし料理は手巻き寿司と聞くが、ゲストに受けるのはそういう理由もあるのかもしれない。
ゲストもホストもリラックスした温かな素敵なおもてなしをいただいたその何年か後、人伝いにその奥様が病気で亡くなられたことを聞いたとき、再びあのおもてなしを思い出した。夫である美術館長もかなり気落ちしていた、とのことだったが、その更に数年後、子供たちも巣立っているのでと定年退職を機にその家を売り払ってベルリンに引っ越した彼とはその頃に一度、とある展覧会で再会し、そのときは新しいパートナーも得て、だいぶ元気が出ているようだった。
多文化と若者のエネルギーに溢れたベルリンで美術批評家として活動する生活は、あのおもてなしを生んだ家族の思い出がある地方の町のゆったりとした時間とは全く違うだろう。朗らかに話すH氏を見て、でもそれが今の彼の人生なんだろうなと微笑ましく思い、あのおもてなしの夜は懐かしい思い出になったことを改めて感じたのだった。
これから年末年始にかけては日本も宴会シーズン。皆さんはどんなおもてなしで時間を過ごすのでしょうか。今年の冬はドイツで過ごす予定の我が家。日本のように鍋でほっこりおもてなし、ってもいいよなあと思っています。皆様、よいお年をお迎えください!
© Jan Verbeek
これがその長ーいパン。固めのパンなので食べ応えがあるけど、切るのも結構大変です。
© Jan Verbeek
そして宴の後に残ったパンは、翌日の朝ご飯になるそうで。もしかしたらこの伝統、息子さんや娘さん家族に受け継がれているかもしれませんね。H氏に次回会ったら訊いてみたいところです。