8月の終わり、ドイツ東部の町ケムニッツで起きた殺人事件とそれを発端とした外国人排斥デモ、そして対する行政や政府の対応に政治家の発言、それらを巡るマスコミの報道に加えて世論も大騒ぎと、この数週間ドイツ社会が揺れに揺れている。今年に入ってからの私のコラムはなんだか暗い社会問題のネタばかり。
それぞれの背景もまた複雑で、書くのにも時間がかかって結構しんどい。なるべく慎重に書いているつもりだし、ネガティブな感情を煽るような書き方はしたくない、と思いつつも、今回の事件と続くその余波を見ていると、ああ、とうとうついに現れてきたか、と思う。うっすら懸念していたことが、いよいよ表面に出てきたような感じだ。
発端となった事件というのは、8月26日未明のこと、ストリートフェスティバルの場で30代のドイツ人男性が口論となった男たちに刺殺され、捕まった犯人はそれぞれシリア出身とイラク出身の2人の20代男性であったというものだ。さらにこの2人が難民申請が通らずに国外へ送還される筈だったにも関わらず、まだドイツ国内に滞在していた、また難民の身分証明を何枚も発行させて持っていた、など、現在のドイツの難民対策の穴が浮き彫りになった。
するとこれをきっかけとしてその当日から町の広場で数百人の極右デモが始まり、その翌日には千人近くの極右がデモに参加する事態となり、周りに居合わせたアラブ系などの外国人がこのデモの参加者に追い回されるなどの被害も報告された。このデモの様子に、通称ペギーダ(PEGIDA•西洋のイスラム化に反対する欧州愛国主義者)という極右運動グループやポピュリズム政党であるAfD(ドイツのための選択肢)党がそれぞれ、SNSなどでデモの支持や参加を呼びかけた。
もちろんドイツ政府はただちにこれら極右の動きを不寛容かつ過激主義と非難し牽制しようとしたが、その翌週末には再びデモが開催され、極右が8千人にカウンターの左派が3千人という衝突も起きた。一方でその翌日には排斥主義への反対を訴えるロックコンサートが開かれ、そこには市内外から数万人が集まったという。
そもそもケムニッツを始めとするドイツ東部は、外国人に対する反感が強いといわれてきた地域である。東西統一後の西側との経済格差や人口流出などによる貧困、劣等感や不満の矛先が、付き合い慣れない外国人たちへと向かうのだと聞く。
十年以上も前の話だが、ドイツ語も話せた知人の日本人男性が当時、東側の町を旅行していたときにアジア人という見た目で因縁をつけられそうになって怖かったと話していたのを覚えているし、私自身、東側を旅行中に老夫婦に道を尋ねようと近づいただけで「私たちは英語がわからないから」と後ずさりされて軽いショックを受けたのを覚えている。(統一前までの東側では冷戦時代の影響でロシア語は必須教科、英語は敵側の言語だったのだ。)
この数年は特にその矛先が、大量に流入して東側の小さな町や村などの空き施設などにもやってきたシリアや周辺国の難民たちに向かっている中で起きたのが今回のデモ騒動であり、勢いづいてしまった極右たちを煽っているポピュリストのAfD党という図式だろうか。ケムニッツのあるザクセン州ではこのAfD党が昨年の選挙で30%近くを得票して第一党となり、メルケル政権やドイツ社会に衝撃を与えた事情がある。
つまり排斥主義を煽るAfDに共感しているのが極右だけでなく一般市民にも多いということだ。そうした状況の中で起きた今回の騒動がドイツ社会全体を揺るがす問題になっているというのは、なぜか司法までもがこれまでのように毅然と機能していない、ということだ。
まず、このデモの最中、極右の参加者たちがハーケンクロイツのマークを掲げたり、ナチス式の敬礼をおおっぴらに行っていたりしているのにも関わらず、そばで警備に当たった警官たちが何も行動に出なかったのが報告されている。これらは今までであれば、煽動罪という罪に当たるとして逮捕されていたことである。
また守秘であるはずの殺人事件の容疑者の逮捕状が、なぜか右翼団体からのツイッターで流出したのだが、これは警察内部に極右と繋がっている者がいたとされている。また、党員たちが今回のデモにおおやけに参加して憲法に反する差別や排斥に関わったとして、AfD党全体を憲法擁護庁に監視させるべき、との提案が国会議員たちから出され、ドイツ各州の憲法擁護庁でその審議に入ったにも関わらず、火種のある当のザクセン州の機関は動かなかった。そんな様子はザクセン州の司法や行政機関が敢えて見過ごしているようで、なんとも不可解で、気味が悪かった。
極めつけはその後、大元である連邦憲法擁護庁の長官自らが、今回のザクセンの極右デモやAfD党の監視について、憲法違反の行為とするだけの論証が足りず、デモの最中に極右の参加者が関係のない周囲の外国人の風貌の男たちを追い回している動画についても、あれが本物の映像だったかは怪しいものでフェイクではないかとの発言までしたことだった。
そもそも憲法擁護庁とは一種の諜報活動を行う公安機関であり、そうした動画が本物かどうかなんて、彼らが調査するべきことじゃないの!?と私自身も、この無責任な発言が国のトップから出たことにビックリだったのだが、ある報道によれば、長官はしばらく前にAfD党員と面談をしており、繋がりがあるという。その後、大手テレビ局が実際にその動画の中の被害者である男性たちを探し出してインタビューをしたり、専門家に動画の検証をさせたりという騒動になり、長官も自らの発言について謝罪をしたのだが、現在まで与野党から彼の辞任•解任を求める強い声が続いている。
しかし騒動はこれだけに終わらない。その後すぐに、今度は政権内の閣僚であるゼーホーファー内相が今回の騒動を受けて、だから言わんこっちゃないとばかりに「移民は全ての問題の元凶だ」と発言したのだ。直訳は「問題の生みの母」という言い方であった。ドイツ語で母はムッター(Mutter)という。これは国民からムッター、ムッティ(お母ちゃん)と呼ばれているメルケル首相への当てつけでもある。
昨年秋の総選挙後、年明けまで内閣発足が遅れたのは、メルケル氏率いるCDU党の姉妹党であるCSU党総裁のゼーホーファーが難民政策反対派でかなりごねたからでもある。かねてから保守強硬派である彼はときにAfD党と重なるような発言をするのは知っていたが、「アンタとうとう言ったね!?」とラジオで聞いた私は思った。これまでのように難民ではなくて、移民と、ついに本音が出たか?と思ったのだ。
この手の事件がドイツで起きると、日本では「そらみろ、ドイツの難民政策は失敗だった」という記事やコメントがわんさか出てくる。なので、ここで整理しておきたい。
今回の殺人事件で逮捕されたのは難民としてドイツに来た者たちだったが、極右やポピュリストたちが非難しているのは、難民に限らず移民の増加や移民対策である。移民の定義はもともとドイツに生まれず、国外から移り住んできた人である。つまり、アラブやアフリカなどの国々からやってきた人だけでなく、私たち在独日本人もまた移民である。これを言うと、日本人は別だ、という人たちがいる。それを裏付けるかのようなエピソードで、邦人ジャーナリストの友人が以前ペギーダのデモを取材中にデモの参加者から詰め寄られ、日本人だと答えたところ、相手の態度がコロリと変わり「なんだ、日本人だったら話は別だ。一緒にデモをやろうぜ」とまで誘われたと苦笑していた。
でも私は、そんな曖昧で一貫性のない主張はまったくアテにならないと思っている。実際、AfDにしても右派•保守派にしても、以前までの批判先は「難民対策」であった。
が、ここにきて、彼らの言葉は「移民」に変わっている。彼らの意図する移民に今のところ、日本人は本当に入っていないのかもしれない。しかしこの排斥主義が進めば次は例えば「財政難の時代なのだから、社会福祉はドイツ国籍を持たない者へは別の対応とするべきだ(現在は同じ)」とか、滞在査証の条件が厳しくなっていく、というように、徐々に全ての外国人または外国にルーツを持つ者に対して差別は広がっていくだろう。
その数日後のラジオ番組で、バイエルン州議員であるSPD党(現政権で連立政権を組んでいる党)の女性議員がこのゼーホーファー内相の発言の正にこの部分を批判していた。「移民、と言うけれども、私の母はアイルランド出身で私も移民2世だ。それを彼はどう思うのか?」現在のドイツにおいて、ドイツ以外のルーツを持つ国民はまったくもって普通の存在である。
そしてここに、この極右やポピュリストたちの主張が矛盾していることを最後に挙げたい。8月26日に刺殺されたドイツ人男性は、旧東独時代に移民してきたキューバ出身の父親を持つ移民2世だった。いつも思うことだが、ぜひ訊いてみたい。極右やポピュリストたちの言う「ドイツ人」の定義ってなんだろう??
© Aki Nakazawa
来るバイエルン州選挙でも、AfD党の躍進が予想されています。第一党のCSU(メルケル氏率いるCDUの姉妹党)に迫る勢いだとか。
ザクセンにしてもバイエルンにしても、悪い意味での保守が強くなっている所でポピュリズムは受けるみたい。その党総裁であるゼーホーファー内相は選挙を前に、極右も過激主義も否定すると明言してましたが、この間の発言の後では全然心に響かないわ。
写真は以前も紹介した昔の防空壕をリノベした建物。その壁に書かれているのは、暴力と人種差別反対のスローガン。ドイツ社会全体でいえば、排斥主義や過激主義を否定する人が多いのがまだ救いかな…。