いつかは子どもが欲しいと思っていても、今は条件が整わないからと先送りにしているうちに妊娠できる年齢を過ぎてしまった… そんな経験をした女性は少なくないと思う。
高齢出産が増えているのは日本も含む先進国共通の傾向だ。いまどき30代後半での妊娠・出産などごく普通で、40代で産んだ話も珍しくない。女性がある程度のキャリアを積んだ後で子どもを持つというライフスタイルが定着しつつあることが背景にあると思われるが、その一方で、妊娠しやすさは35歳を過ぎるとがくんと低下し40歳を過ぎればさらに低下するという人間の生理は変わっていない。女性の社会的事情を生理的条件は必ずしも待ってくれないのだ。
人工授精の成功率(5、6回繰り返した段階で)は、20代では50%以上だが、30歳から緩やかに下降線をたどりはじめ、38歳以上になると低下が加速し、44歳になると自分の卵子で人工授精に成功する人はわずか2%。30歳くらいではおよそ30%である卵子の異常率が、40歳では60%、44歳では90%になる。
そこに希望をくれるのが卵子凍結という先進医療である。若いときに自分の卵子を凍結して、いざ条件が整い、子どもが欲しくなったときまで取っておけるなら、高齢での妊娠可能性は高まるのではないか。
ヨーロッパではイギリス、ベルギー、イタリア、スペインなどで、すでに誰でも将来の妊娠のために若い女性が自分の卵子を凍結しておくことが認められている。
しかし生命倫理法が厳しく生殖医療をコントロールしているフランスでは未だに許可されておらず、女性同性愛カップルが人工授精に訴える権利とともに、今、議論の真っ最中である。
現在、フランスで卵子凍結が許されるのは、基本的には、癌などの治療によって生殖能力を失う可能性がある場合など、「医学的適応」のみ。健康な女性が、将来、子どもを持ちたくなったときのための「社会的適応」は原則的に認められていない。
しかし例外があり、不妊症のカップルのために卵子提供をする場合は、自分のためにも凍結した卵子を使っても良いとされている。
生命倫理法の2011年の改正により認められたもので、その目的は卵子提供者の不足を補うためだった。本来、卵子提供に一切の利害が生じないように、提供できるのは「すでに自分の子どもがある女性に限る」とされていたのだが、慢性の卵子不足から、条件を少し緩めて、まだ自分の子どもを生んだことのない女性にも提供資格を広げ、そのときに、凍結した卵子を自分のためにも使って良いとしたのである。
卵子の提供者を増やすには、提供を有償にするという方法もあるが、金銭が絡むことをどうしても避けたいために導入されたのがこの条件だった。というわけで、他人に卵子を提供することを条件に、「社会的適応」での卵子凍結に細々と道が開かれたのである。
しかし卵子凍結を希望する人は多い。フランスで認められないとなれば、隣国ベルギーやイギリスに出かけて処置を施して来る女性が出るのは、かつて中絶が非合法だった昔から変わらない光景だ。
思い返せば、1967年、フランスでピルが解禁されたとき、「子どもは私の意志で、私が欲しいときに」という有名な標語が生まれたが、続く1975年の中絶合法化も経て、フランス女性が手にしたのは、自分の妊娠・出産時期のコントロールだった。卵子凍結もまっすぐこの思想の延長上にある以上、必ず遅かれ早かれ、認められることになるのではないかと思う。
ひとたび認められれば、余った凍結卵子をどうするのかという問題が立ち上がるだろうが、余った受精卵に較べれば、卵子はまだ「人間」とは考えにくいので、破棄にともなう倫理的問題もクリアしやすいのではないかと思う。一方、バイオテクノロジーの研究への流用が認められるかどうかは、その点に厳しいフランスでは議論の対象になるだろう。
また、全員に認めるとなると、その費用を保険から還付すべきかという問題も起こってくる。
つい最近(6月15日)も、倫理諮問委員会(CCNE)が、「社会的適応」での卵子凍結に反対の見解を発表したばかり。「社会的適応」での卵子凍結が認められるまでには、フランスではまだ多くの議論が重ねられることになりそうだ。