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Do It Yourselfの国

中沢あき2017.04.14

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新学期、新入社など、新しい門出に合わせてお引っ越しも増える日本の春。ドイツの新学期は9月なので特に引っ越しの時季でもないのだが、我が家はちょうど、来月の引っ越しを控えて入居先の修繕などでてんやわんわの日々だ。入居先の修繕?と思うだろうが、住む家の手入れは貸し主が負担することもあれば、借り主が自らやることもある。例えばキッチン。日本だったら賃貸だけじゃなくて、購入物件にも既に台所が備え付けられているのが一般的だけども、ドイツの住宅事情は違う。賃貸であっても、基本的には入居時は部屋は空っぽである。さすがにトイレや浴槽は付いているが、台所の設置は入居者の負担になるのが一般的で、ドイツにやってきて間もない頃、そのことを知って驚いた。
当時やっと見つけた入居先も(ドイツの大都市はこの十数年、住宅難なのです)、下見のときはまだ前住人の台所などが置いてあったキッチンスペースは私たちの入居時には当然空っぽ。部屋のランプも全て取り払われていて、次の入居者である自分たちで一から作り付けなければならない状態だった。よっしゃ、やってやろうじゃんと、最初は意気揚々だった私は、真冬でまだろくに暖房も入らない暗い部屋で試行錯誤しながら作業する中、埃でガサガサに荒れた手で涙を拭いたこともあったなあ。引っ越しは冬にやるもんじゃない、とつくづく思ったものだ。そういうわけでドイツの賃貸情報には、台所も一緒に引き取ってくれる方を優先します、という条件もときどきみかける。手間暇かけた台所を次の入居者に買ってもらったり、譲ったりするのだ。または、既に家具付き、という条件の賃貸物件もある。賃料はやや高めで、これは短期滞在の人向け。たった数ヶ月〜1年程度の滞在に、台所を一から作る時間なんて無駄極まりないからだ。
もちろん自分でやればその分費用も浮くし、好みの内装にできる、という点もある。内装や修繕も、貸し主との交渉次第で変えることは可能だ。うちは夫婦揃って自分でやりたい性質+予算がないので、久しぶりに大掛かりな作業に自らせっせと取り組んでいるというわけ。基本的には素人の私たち、難しい部分はプロである友人に依頼しているものの、予算が限られているのでできる限りは自分たちでやるしかない。ということで今月の私は、埃まみれになって働く職人見習い。埃除けに手拭を頭に巻いた私を見て友人は、戦時中のお母さんみたい、と言ってくれた。確かに埃の中で瓦礫やゴミを片づけてると、そういう気分になってくるよ…。
もちろんこうした作業を請け負う業者もちゃんといるが、お金のない若い人だけじゃなくて、自分で作り上げたい人というのも結構な数でいて、ここにIKEAが定着している理由もあるわけだ。手頃な値段、組み合せ自由で、組立も簡単、というモットーが皆のニーズにピタリと合う。(こちらのIKEAも運送、設置は自分で負担するのが基本)
IKEAの他にはBaumarkt(バウマルクト)、いわゆるDIYセンターが町のあちこちにあって、そこでそうした台所やその他家具の組立セットや材料を買うこともできる。私はDIYセンターなんて、せいぜいちょっとした木材や道具、園芸用品なんかを扱っている店、くらいにしか思ってなかったのだが、このドイツのバウマルクト、店に足を踏み入れればそのスケールに圧倒、いや正直ビビる。棚、とかの日曜大工レベルじゃない。園芸用品や工具類なども並んでいるがそれらも本格的なプロ仕様、その先に例のキッチンや家具システム材、そして床材やら壁材やら、浴槽に洗面台にトイレ、家のドアまで置いてある。つまり、家一軒建てられるような用品がここで揃うってこと。そういう店が街中にあるのはスゴい。ちなみにプロの職人も足を運ぶが、大方は一般客。店員も親切にいろいろとアドバイズしてくれたり、木材の加工や電気配線のヘルプサービスなどもある。以前バウマルクトで見かけた、エレガントな装いの老婦人が何かの部品を手にして品定めしている様子にはどこか感服した。このおばあちゃま、自分で取り付けたりするんだろうか。もっとも買ったものを自分で直接取り付けるとは限らず、部品だけ自分で選んで買い、取付は業者に依頼、というケースもあるけど、きれいな恰好をした女性がDIYセンターでお買い物、という図は日本じゃ想像がつかない。
私の子供時代、女子は料理、裁縫などの家庭科、男子は大工などの技術科、と学校の授業も男女別で分かれていた。ドイツの学校では、女子も男子も揃って皆、大工用具の使い方を学ぶ授業があると聞いたことがある。そのせいか、日曜大工は男性だけの仕事じゃなくて、女性も電動ドリルなどを握ってちょっとした作業はできたりする。男に頼る社会じゃないから、一通りのことはできるのだ。(逆に男性でもこういう作業が苦手、という人もいるわけで)
こういう様子を見ると、ドイツって国は基本的にDIYの国だと思う。それは大工仕事だけじゃなくて、できることは男女関係なく自分でやる、という考えが社会にある。家造りに限らず、車の手入れなど、全てにおいてその傾向があるなあと感じるのだ。例えばガソリンスタンドにて。日本では店員が駆け寄ってきてガソリンを入れてくれるが、ドイツでは自分でガソリンを入れるのが普通だ。スーツを着た女性が颯爽とBMWから降りて、自分でガソリンを入れる。そういうシーンは当たり前のことなのだ。そうしたことを突き詰めていくと、日本とドイツのサービスの違いや果ては男女の性差の問題にも繋がる話になりそうだが、それはまたいつかの折りに。
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© Aki Nakazawa
これがそのバウマルクトの店内。便器がズラリと並ぶ様に圧倒されます。変なものですが、トイレって自分で買えるんだ、と初めてこの様子を見た時は思ったものです。
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中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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