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涙の鉄道事情

中沢あき2017.03.01

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毎回日本に帰るたびに感嘆することの一つは、なんといっても鉄道事情。清潔な車両に乗務員の丁寧なサービス。そして特にそのダイヤの正確さと来たら、素晴らしい。新幹線でさえ分刻みで遅れることなくやってくる。なんていう、日本に居た頃は当たり前に思っていたそのことに改めて感じ入るのは、私がドイツ在住になったから。そう、ドイツの鉄道ではこういうこと、当たり前ではないのである。ドイツに住んでこの十年、ドイツの鉄道サービスに何度泣かされたことか。いや、大袈裟な喩えじゃなくて、ほんとに涙が出るんだ、この状況。
当たり前だが、ドイツの鉄道にも時刻ダイヤ、というものはある。がしかし、それが正確じゃないことが多い。その昔、日本の国鉄は時刻ダイヤの作り方をドイツ鉄道から学んだというのが信じられないくらい、ダイヤの通りに電車が走らないのである。数分遅れはほぼ当たり前。いや5分、10分、15分という遅れだろう。果てはICEというドイツの新幹線でさえ、30分、1時間以上の遅延も頻繁だ。これ、日本だったら新聞記事になりそうだが、ドイツでは日常茶飯事なので、報道ネタにすらならない。だから電車に乗る時は、なるべく乗り換えなしの路線を選んでいくのだが、つい先日もICE同士の乗り換えがある路線で行ったら案の定、最初に乗ったICEが10分遅れで、乗り継ぎ予定のICEは待っていてくれず、結局30分後の次の電車に乗る羽目に。あとでそのことを単身赴任中で週末毎に離れた自宅に帰る友人に話したら「ああ、あの路線ね。乗ったこともあるけど、一度も乗り継げたことないよ」ですと。
こんな大幅な遅延なら、日本では払い戻しの対応がなるはずだが、ドイツではあまりにも頻繁過ぎるので、1時間以上の遅延でなければ払い戻しを申請できない。ドイツに来たばかりの頃、58分の遅延の為に目的地で行きたかったイベントも逃した私は、2分の差で対応してもらえず、サービスカウンターの前で思わず泣き叫んでしまったこともあったなあ。ちなみに遅延だけじゃなくて、突然の運休、という出来事も何度か体験した。ええ、電車が急に来なくなるのです。車体の故障で、とか、ダイヤが乱れ過ぎたので調整のため、とか、理由は毎回いろいろだが、来なくなっちゃった電車はいったいどこに行ったのか?といつも不思議に思う…。
そんなときにドイツ人はどうしているのか。ああ、またか、と文句を言いながらも皆が諦めた顔で次の電車を待ったり、別の電車を捕まえるべく走ったり、などなど。日本だったら駅員に食って掛かる人もいるだろうが、ここはドイツ、お客様は神様の国ではないので、客が文句を言おうが、駅員や乗務員もいつものこと、とケロリとしている。「どうにもできないですから、仕方ないですね」と。それはまあそうだけど…。
ゆえに車通勤が多い理由もここにあるらしい。とはいえ、電車に乗らなければならない事情もあるわけで、とある調査では、電車通勤をしている人はそのストレスゆえに、別の通勤方法や自宅勤務の人に比べて不健康な傾向にあるのだとか。
しかしなんでそんなに遅延が起きるのか。鉄道会社が、最新のコンピュータシステムを導入、など対応のアピールをしているわりには、それが効いている感じは全くしない。聞くところによれば、20年程前まではこれほど頻繁に遅延が起きることはなかったそうだ。それが変わった一因は、人件費や修繕費などのコスト削減だという。効率化を図ったゆえに、それが逆効果だったということだ。加えて、ドイツは普通列車からICEまでが同じ線路で走る。一般電車と新幹線、と日本のように分れていないから、普通列車の小さなトラブルも全体に響く、ということなんだろうなあ、と思っていた。
がしかし、先月、シュツットガルトへ泊まりがけで出かけたその帰り。ケルンでの午後の仕事の打合せの約束に合わせ、少し余裕をもって電車に乗った。約3時間程の路線での乗り継ぎのトラブルは往きで懲りたので、帰りは直通の路線を選んだ。私が選んだのはICといういわゆる特急。ICEよりはやや時間がかかるが、それでも直通だから安心だ。車体は昔の特急列車のような造りなのだが、駅のプラットフォームに行ったら、停まっているのは最新のICEのピカピカの車両。路線番号は私が購入した切符と同じなのに、と近くに居た乗務員に尋ねると、当初予定していた車両の故障で急遽、車両交換になったのだという。お、これはラッキー。グレードアップした車両で気持ちよく座って帰れるなんて。まあトラブルでもこういうのはいいよね、といい気分で乗り込んだ。
とはいえ、予想通りに電車は少しずつ遅れる。ICEの車両だから速く走れるってわけでもないんだな。それでもまだ約束の時間には間に合う計算だったので、いつものことだと気にしなかった。そしてそのまま電車は走り続け、7割方くらいまで来たところの駅で止まった。そしてそのまま止まり続けた。おかしい。乗客も皆ソワソワし始める。10分以上経ったところで、車内放送が流れた。「只今、車両のコンピュータシステムにトラブルが生じたため、現在調整を続けております。発車の見込みはわかりません。電気系統も止まりましたので、トイレのご使用はお控えください」。一人の女性が呆れたように言った。「電気が止まったのに、アナウンスはできるのね」。周りの乗客たちは苦笑いしながら、ため息をつく。私もさすがに焦り始めた。まずい、これでは約束に間に合わない。立ち上がって近くの乗務員に訊くも、現状ではわからない、と言うばかり。数人の乗務員がタッチパネルを操作して、再起動だなんだと、あれこれコンピュータと格闘している姿は、まるでコンピュータ初心者。うーん…、きちんとシステムを知らないのか、と冷ややかな気持ちで眺めているうちに、他の電車の乗務員と電話でやり取りしている声が聞こえてきた。「あ、あと数分でこちらに着くんですね。じゃあそちらに誘導します」。なぬ?その声を聞いた私は慌てて自分の席に戻り、コートと荷物を掴んだところで車内放送が再び流れた。「皆様、この電車はシステム系統のトラブルにてこれ以上動かせないため、運休します。向かいのホームに来る特急へお乗り換えください」。というわけで、乗客全員ゾロゾロと電車を降り、不幸中の幸いで同じ方向に向かう別の特急に乗り込んだ。おかげでなんとか待ち合わせの時間を少し過ぎただけで約束には間に合ったが、マニュアル片手にモニタとにらめっこする乗務員たちを思い出して考えた。そう簡単にトラブルを起こしたり、乗務員が扱い切れないシステムじゃ、最新化する意味って全然ないよな。
こんなトラブルの多発はもちろん社会全体にとっても支障となるわけで、数年前の夏、マインツの駅が社員の夏休みシフトの組み間違えで人員不足に陥ったときには(このときもしかし、労働者の権利遵守で夏休みシフトをそれでも変えなかったのがある意味スゴい)、さすがにメルケル首相自らが苦言を呈して、鉄道会社の対応や姿勢の改善を求めていたけど、今に至っても改善されている感じはしない。
しかしそれでもドイツは先進国である。欧州の中でも経済が強い国。だからこそ思う。いやこれね、鉄道サービスの基本をしっかりしたら、どんだけドイツの経済がまた成長することか、と。もったいないなあ…。
きめ細かなサービスゆえに働く人を追いつめてしまう日本のシステムもいかがなものかと思うけれど、かといって鉄道のような重要なインフラがこんなにトンチンカンなのも、大きなストレスでして。両方を足して2で割ったらちょうどいいのに、といつも思う。皆様、ドイツにお越しの際には、覚悟をもって電車にお乗りください。
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© Aki Nakazawa
故障して動かなくなったICEのところにディーゼル機関車がやってきて牽引するところです。思いっきりグラフィティのいたずら描きまでされて、なんとも哀れな様子。トホホ。
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中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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