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 2月のとある金曜日、ヴェルサイユに行った。お城の観光ではない。行く先はその脇にある国防省、17歳のムスメが「国防と市民権の日」とよばれる兵役適齢者検査に呼ばれたのだ。
 彼女は「『国防と市民権の日』に行くと、学校休めるんだって、ワーイ! いっしょに行こう!」と友だちにだまされて申し込み、蓋を明けてみたら一人、しかも休暇中の一日に当たってしまった。ちょっと可哀想だったので、私はいっしょに行って、この機会にヴェルサイユに最近居を定めた友人宅で久しぶりのおしゃべりに興じながら彼女の出てくるのを待つことにしたのだ。

 フランスは2001年、シラク大統領のときに、今や先進国の戦争では特殊技術を持たない大量の戦闘用兵士は必要がないという理由で、兵役義務を廃止した。なので1979年生まれ以降の世代は、兵役を経験していない。けれども16-17歳になると、この「国防と市民権の日」とよばれる現代版徴兵検査に出かけて行くことになっている。
 とぼんやり知ってはいたものの、徴兵制のない国で育った私は、これがどんなものか見当もつかず、せいぜい1、2時間で終わる面接のようなものと思っていた。ところが、なんと一日がかりのセミナーのようなものなのだった。
 名前を登録して、国防について話を聞き、自発的兵役について説明を受けて帰る。男女平等の現代、女の子も受ける。参加はフランスの若者にとっては義務である。障碍者の場合は免除になるが、障碍者手帳を示さなければならない。
 参加した者に交付される証明書は、バカロレア(高校卒業=大学入学資格試験)を受ける際や運転免許証交付の際に提示しなければならないので、実質、持っていないと困る。

 雪のちらつく寒い日、国防省から出て来たムスメの話によると、この日、来ていたのは150人くらい。顔見知りは同じ高校から来た一名だけだったけれど、同じ町の他の高校からも何人か来ていて、馴染み易かったようだ。
 ウケ狙いのムスメは、「軍人の格好してみたい人?」というのに立候補して、ヘルメットやら防弾チョッキやらリュックやら機関銃やら全部で50キロ以上、自分の体重より重いものを身に付けてみたそうだ。なんせうちのムスメは身長150センチの小柄な身体だから、軍人さんもリュックから手を離す前に「だいじょうぶ?」。「はい」と言ったものの、やっぱりよろけたりして、教室みんなを笑わせて来てお得意だった。

 「ん〜、フランスは素晴らしい国、フランスのために奉仕しよう、って宣伝だったな〜。交通安全の講義はなんの役に立つのか分からなかったな〜。それから、フランスには空軍、陸軍、海軍があります、って説明があって。バカロレアの後の進路案内の学校紹介と似てたけど、あんまり行きたいって人いなかったな〜。うちのグループでは一人、ここ刈り上げちゃった(とこめかみを指し)男の子が入りたいって言ってたけど、もう前から軍隊入ってますみたいな子だったよ。あと、みんなで兵役志願した人がお話しするビデオを見た。おれ〜、バック・プロ(職業高校卒業免状)取れなくて〜、仕事なくて〜、けど、兵役志願して〜、新しい道を見つけました〜、みたいなこと言うんだ。けど、あんまり入りたくならないよね。非軍事的役務っていうの勧められたけど、月500ユーロくらいしかもらえないんだって。最低賃金より低いんだよ。やんない。」

 2015年のパリのテロ事件以来、フランスでは兵役が希望者に対してのみという形で復活している。この「兵役」では、戦闘訓練を行うわけではなく、軍の規律に従った生活をし、運転免許を取得し、国防に関係ある職業(交通関係など)訓練を受けるのだそうで、学校をドロップアウトしてしまった若者の救済の道になるということを、「国防と市民権の日」では強く強調したらしい。

 兵役再義務化の議論もすでに起こっている。今春の大統領選で社会党のマニフェストには、これが含まれるはず。保守党候補のフィヨンは、「大量の若者を軍隊が訓練のために受け入れるのは、現実的に難しい」と言っており、極右候補のルペンも兵役再義務化には言及していないと思うが… (日本人にはちょっと意外な構図かもしれない)

 今年18歳の娘と15歳の息子を持つ私は、徴兵制復活の可能性から遠くはないところにいるのだと改めて思った。
 また、もしも日本で徴兵制が復活するとしたら、憲法に違反する「強制的苦役」などとはまるで思えない、とてもソフトな形で導入されるのだろうとも思ったのだった。

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中島さおり

中島さおり(なかじま・さおり)

エッセイスト・翻訳家
パリ第三大学比較文学科博士準備課程修了
パリ近郊在住 フランス人の夫と子ども二人
著書 『パリの女は産んでいる』(ポプラ社)『パリママの24時間』(集英社)『なぜフランスでは子どもが増えるのか』(講談社現代新書)
訳書 『ナタリー』ダヴィド・フェンキノス(早川書房)、『郊外少年マリク』マブルーク・ラシュディ(集英社)『私の欲しいものリスト』グレゴワール・ドラクール(早川書房)など
最近の趣味 ピアノ(子どものころ習ったピアノを三年前に再開。私立のコンセルヴァトワールで真面目にレッスンを受けている。)
PHOTO:Manabu Matsunaga

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