マリオンは私のヘアカラー担当の若く可愛らしい美容師さんだが、肩から腕へ、広範囲の、それは見事な入れ墨をしている。黒を制服にしているサロンの中でデコルテを露わにし、黒い模様からこぼれだす赤い花が人目を惹く。「タトゥアージュ・ジャポネーズ(ジャパニーズ・タトゥー)」だと、ウインクして教えてくれた。
最近、ifopという世論調査会社が実施したアンケートによると、なんとフランスでは女性の16%がタトゥーをしているそうだ。対する男性は10%に過ぎない。以前は主に囚人や兵士がするものだったタトゥーが、今ではすっかり男臭さから解放され、むしろ女のオシャレ・アイテムとなっている。そういう変化につれて、情婦の名や姿を刻んだ鬱陶しいものは後退し、アートとして楽しめるものに中心が移っている。
タトゥーを楽しむフランス人は、男女合わせて7百万人。しかも、若い世代に人気だ。25歳から34歳の男女では、5人に1人がすでにタトゥー経験者だという。
そういえば、夫の先妻との娘(30代)に、ずいぶん前に「刺青するから漢字でナントカと書いて欲しい」と言われたことがあった。そんな変な漢字を入れてしまって一生ものになる責任は負いたくないと書かなかった漢字が何だったかは忘れてしまったが、漢字は無しで何か刻んだらしく、私は見たことがないが、お腹に大きなタトゥーがあるということだ。
そんな風に見えない場所にする人もあるが、足首や襟足、デコルテの部分など、なるほどオシャレでエロティックな部分に施すのも流行らしい。
刺青なんて自分には縁がないと思っていた私は、完全なる旧世代に属する時代になったのだなと思う。今、17歳の我が娘は「うん、きれいだと思うよ。ジャパニーズ・タトゥーはね。好きだよ」と屈託がない。
なるほどジャパニーズ・タトゥーの絢爛たる世界はタトゥーの白眉だが、タトゥーはジャパニーズばかりではない。髑髏のモチーフに代表されるメキシカン、亀やハイビスカスのモチーフが多いハワイアン、ルーン文字や縄の結び目が絡み合うヴァイキング、アニマルや星、錨などをモチーフにしたカラフルなアメリカン・トラディショナル、別名オールド・スクール、写真を元にリアルに表現するポートレイト等々。
相場は、1時間100ユーロ(約12000円)。人気の絵柄は、マン・レイの「アングルのヴァイオリン」風。家族のポートレイトを入れる人も多い。葉っぱのブレスレットや肩から手にかけて流線的な模様を描くマンシェット。そしてセミコロン( ;)。セミコロンは単なる流行ではなく、心の病や精神疾患に苦しんだ人たちが、「区切りをつけて再出発を計ろう」という徴としてつけているとか。
タトゥーは肌に閉じ込められてはいない。真偽のほどは分からないが、歯に入れるタトゥーが日本では流行しているとフランスでは報道されている。アメリカではタトゥーを白目にも入れるというが、これはフランスでは禁止されている。
最近はタトゥーも一生ものではなく、レーザーで消せるようになった。就職などで不利に働く場合は、お金を払って消してもらえる。そんなことも流行に寄与しているのかもしれない。フランスの雑誌『マガジン・タトゥアージュ』には、「今年はどんなタトゥーを入れようと考えているかな? まだ場所があればだけど」と書かれていて旧世代の私は度肝を抜かれた。
「オシャレなフランス女性」のイメージは、タトゥーとこれから両立していくのか。
無邪気にタトゥーを入れているフランス人たちは、日本では刺青をしていると温泉や銭湯で断られてしまうのを知らない。娘の日仏ハーフ友だちのパパは夏休みに日本に来て、「僕は風呂屋に入れてもらえないんだ」と寂しがっていた。
タトゥーをした「パリジェンヌ」が温泉旅行につめかけたとき、日本でタトゥー革命が起こるのか、「パリジェンヌ」がショックを受けるのか、どっちなんだろうと思う。