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走れ、私たちの電車

中沢あき2016.07.29

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 7月初めのある夜、パソコンを閉じようとしたら、あるメールが届いた。明日の午後、例のイベントがあるので、招待状、送りますね、と書いてきた送り主は、1か月程前、地下鉄の車内の券売機で小銭を切らして切符を買えずに困っていた私を助けてくれた女性。約束の時間に間に合わないかもしれず、かといって無賃乗車で捕まって罰金を払うのも恐ろしい、と焦っていた私に、次の駅なら直接切符を買うことができる窓口があるからそこで買いなさい、とアドバイズをくれたのだ。その直前に駅のキオスクのおばさんには、両替を断られたどころかお釣を細かい小銭でくれることすら「そんなの私の知ったこっちゃない」と断られ、ガックリしていた私の心を慰めてくれた暖かい笑顔が印象的だった。その後、前回の記事のパラリンピックの展覧会で偶然再会した彼女、今度、難民支援のイベントがあるから来ませんか?と誘ってくれていたのだった。
 明日とは、これまた急な、と思いつつ、メールの添付ファイルを開くと、それはKVB(ケルン市公共交通株式会社)からの招待状。「インテグレーション•バーン(Integrationsbahn)のお披露目会」というタイトルだ。なんだ?インテグレーション•バーンって?
 バーンとは独語で電車、インテグレーション(Integration)とは直訳すると統合。これは移民がドイツ社会に統合されていくことを意味していて、このテーマの元にドイツ政府の移民政策から市民の自発的なものまで、様々な取り組みがなされ続けている。その統合の電車って、なんだろう?彼女が言っていた難民支援ということと繋がるのはなんとなくわかったけど…。なんだかよくわからなかったが、どんなことが起きるのか見てみたいから行きます!と彼女に返信した翌日の午後、指定の場所に向かった。
 そこは町の中心地、ショッピング街の路面電車の駅だった。そのプラットホームの一つに、確かに不思議な電車が停車している。いつもは赤と白に塗り分けられているケルンの電車だが、この2両の電車は水色の車体に何人もの少女たちの大きな写真が印刷されている。お、これかな?
 近づいていくと中には既に「乗客」が居て、何やらスピーチなどが行われている模様。近くにいた係員の人に案内されて先頭車両の扉から入ると、KVBのプレス担当者や企画者のスピーチや拍手が続く。そう、これがこの電車「インテグレーション•バーン」のお披露目会だったのだ。
 この電車をKVBと共に作ったのは、「ハロー、フォト(Hallo Foto)」というプロジェクト。言語学者のリディア•デ•ラ•フエンテ氏が写真家のペーター•リンデマン氏と共に立ち上げたこのプロジェクトは、難民としてドイツに来た少女たちとドイツで育った少女たちが共に、撮る側、撮られる側になりながら、自分たちのポートレートを作り上げるというもの。芸術表現や文化の多様性を通して自らのアイデンティティを見つけ、偏見を失くそうという狙いの元に、13歳から17歳までの合計22名が参加した。参加者の出身は、半分がドイツ、もう半分はシリア、イラク、ボスニア、アフガニスタンと多岐に渡る。そのドイツ出身側の顔ぶれもまた、移民系の人もいるから様々だ。プロの指導の元に自分たちで作り上げたポートレートが、この電車の外装として貼られている。このワークショップを通して友達が出来たと話す子や、写真家になる夢が出来たと話す子。そんな彼女たちの顔が大きくプリントされた電車は今後1年間、ケルン市内を走る予定だ。
 今回この企画を受け入れ、電車を提供したKVBもまた、既に難民支援の取り組みとして15名の難民登録者を仮採用し、現在彼等は研修中だという。またドイツ国内の公共交通企業連盟としては、今年度中には難民登録者向けの雇用を千人分確保することを目指しているそうだ。そうしたところへのこの「ハロー•フォト」の企画は素晴らしいコラボレーションになったという。
 その電車が見せてくれるのは、このドイツ社会における「統合」の一環、そして少女たちの自信に溢れた顔は性暴力や人種差別に対するプロテストなのだと主催者のフエンテ氏は言う。自身もまたブラジル出身であるフエンテ氏は、このプロジェクトをベルリンやサンパウロでも企画しているそうだ。
 フエンテ氏は、私を誘ってくれた冒頭の女性と私をKVBのプレス担当者に紹介してくれた。私はブラジルから、そして彼女はトルコの少数民族出身で、この彼女は日本から。正にこのプロジェクトみたいでしょう?とニッコリ笑った。彼女たちの弾ける元気と魅力がいっぱいのこの電車、走るごと、私たちの心を爽やかに明るくし、見る人、乗る人を繋げてくれるに違いない。

これがその「インテグレーション•バーン」。爽やかな水色の背景に少女たちの笑顔が弾けて、素敵です。 nakazawa20160726-1.jpg
© Aki Nakazawa

参加者の記念撮影。007の真似!とはしゃいでポーズをつけていた彼女たち。ポージングも撮影で覚えたのかな? nakazawa20160726-2.jpg
© Aki Nakazawa

「インテグレーション•バーン」が実際に走っている様子は、この「ハロー•フォト」のウェブサイトで見ることができます。 http://www.hallofoto.eu/en/project/unsere-strassenbahn
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中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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