ニュースを見ていると、ゼネスト前夜かと思う。19の原子力発電所がストライキ、8カ所ある製油所のうち5カ所が操業停止、燃料倉庫封鎖、ガソリンスタンドは5つに1つが在庫切れ、航空会社は燃料を外国で補給しなければならない。フランス中にデモが広がっている。5月26日木曜、全国で30万人(主催者発表)警察発表で15万3000人が労働法改正反対デモに繰り出した。政府が用意している労働法改正法案の内容の一部が報道された2月から、全国規模の反対デモはこれが8回目。すでに9回目も予定されている。
デモや抗議行動には慣れっこになっているフランスだが、左翼政権のもとでこれほどの反対運動が広がったのは社会党が初めて政権を取った1981年以来かつてなかったことだ。現政権がどれほど支持を失っているか、どれほど労働者から乖離(かいり)してしまったかがうかがわれる。
週35時間労働制や年5週間の有給休暇、解雇が非常に難しい制度、日本人には羨ましいようなフランスの労働環境は、左翼政権が築いて来たものだったはずだ。が、これが雇用を促進しないとして、政府は雇用主に有利な改変を加えようというのだ。いずこも似たような不安定雇用を促進して、失業率を数だけ減らしても何の意味があるのだろう。
しかし政府は、問題の労働法改正法案を5月はじめ、憲法49条3項の規定により衆院を通過させた。49条3項というのは、議会での議決を経ずに可決したと見做してしまうという規定で、日本の国会がよくやる強行採決と似ている。強行採決は、与党が数の力を頼んで議論をねじ伏せて採決するが、49条3項というのは、採決自体をしない。議会は「内閣不信任案」で対抗することができるが、内閣不信任案が否決されてしまうと、問題の法案は可決されたと同じと見做されるという仕組みだ。社会党の一部が(左翼の思想に忠実なら当然のことだが)法案反対にまわったので、採決をしたら通らないと判断した政府がこの挙に出た。野党は不信任案を提出したが否決された。
労働法改正法案は、たいへんな批判を浴び、国会に提出される前に数多くの修正を受け入れて、「解雇者への賠償金に上限を設ける」などの規定はなくなったりもして、最初提出されたものとはかなり異なるものになったが、反対の声は衰えない。現在最も問題になっているのは第2条の規定である。これは簡単に言うと、労働時間(残業や有給休暇など含む)を会社内の合意で決めることを容易にする改正だ。現行では業界での合意が企業内の合意に優先されるので、雇用者の随意に労働時間を決められてしまうのを防げるのだが、改正によりその優位性が逆転してしまうという項目である。 世界に誇れる労働法を持つフランス人たちは、日本ほどには悲惨になってしまっていない労働環境を必死で守ろうとしている。
政府は今、第2条の修正をすべきかどうかで揺れ、首相は譲らないと言い、フランス人の66%は労働法改正は撤回されるだろうと考えている。政府が強硬に出れば、ほんとうにゼネストに突入するんじゃないかと思う。
郊外に住む私の日常生活は、平和そのものなのだが…。