なかなか秋にならない日本の9月10月を過ごし(10月にノースリーブを着るなんてと我ながら呆れた)10月の半ばにドイツに戻れば、既に吐く息が白くてビックリ。同じ北半球とはいえ、地球の反対側ではこんなにも違うものか…。荷物の片付けと共に箪笥の衣替えをして、早速セーターを着込んだ。今年は寒さが早めに到来している感じ。皆さんはいかがお過ごしですか?
さてドイツに帰ってきた途端のタイミングで、ビックリすることが更に起きた。今回もまた難民問題に絡む話題になってしまうが、そのお話をぜひ。
日本でも報じられていたのでご存知の人もいると思うが、10月17日の土曜日、翌日の市長選挙を控えて最後の選挙活動をしていた候補者のヘンリエッテ•レーカー氏が暴漢に刺されて重傷を負った事件がケルンで起きた。
この市長選、このコラムの第一回でご紹介したもので、写真に写っていた看板の女性がこのレーカー氏。
そもそもこの選挙、私が記事を書いたすぐ後の9月半ばに他地域の市長選と同じく行われる予定だった。が、直前になって、投票用紙に記載された立候補者名が所属党名よりもフォントが小さいので無所属の立候補者には不公平、故に投票用紙の再印刷という理由で1か月延期になった。
細かい所でも丁寧に公平を計ろうとするんだなあと私は感心したが、その再印刷された投票用紙の日付が9月の選挙実施日のままだったという、なんとも間抜けな理由で再々印刷というケチがついた。こうなるとさすがに、税金使ってるんだからちゃんと仕事しなさいよ、とツッコミたくもなる…。
とまあ、そんなこんなでやっと10月半ばに選挙が、となったらこの事件である。
土曜の朝、日本から帰ってきてまだ時差ボケの残る頭でのんびりと聞いていたラジオのニュースでこの報道が耳に入ってきたときは、かなり驚いたし、正直私たちもショックを受けた。
事件が起きたのは我が家からもそれほど遠くない地区で、高級住宅地区に隣接した治安も悪くない普通の住宅街だった。週末に開かれる朝市で最後の選挙活動をしていたレーカー氏に一人の男が近づき、「救世主を救う為、そして暗黒の権力からケルン市民を救う為に来た」と言って、突然ナイフで彼女を刺し、止めに入った数人にも怪我を負わせたのだそうだ。
刺されたレーカー氏は直ちに搬送され、命に別状はないものの、首から気管支に至る重傷で安静を取る為に人工的に昏睡状態に置かれた。男はその場で逮捕され、その後の調べで、今回は単独の犯行であるものの、極右系団体での活動歴や前科歴も分ってきている。
この44歳の犯人男性の動機は、難民の受け入れ政策を進めるメルケル政権への反意、またレーカー氏が難民収容対策の担当者であったこと(事件当時は既にその担当から外れていた)と報じられたからか、この事件は日本のニュースサイトでもすぐに報じられていたが、そこのコメント欄に書き込まれた投稿がまあひどかった…。
それみたことか、だから日本は難民を受け入れなくて正解なんだ、奇麗事を受け入れた結果だとか、果ては某在独作家(ただし在ケルンの人ではありません)までこの事件を槍玉に挙げてメルケル政権の政策批判と、なぜか日本の憲法9条改正の正当化に繋げた持論を展開していた。いやいや、落ち着こうよ、皆…。
日本での報道や反応にやや違和感を感じたので、その事件後の続きを地元からお送りしたい。
立候補者が、しかも当選が既に予想されていた最有力候補者が事件に巻き込まれたとはいえ(というわけで某作家の言うように、この事件がきっかけでケルン市民が一致団結して彼女を選出したわけではない)、暴力や圧力に屈してはいけない、と前市長が表明し、選挙は翌日の日曜日に予定通りに実施された結果、予想通りレーカー氏が半数以上の得票でケルン初の女性市長となった。
ちなみに彼女は無所属、メルケル首相が率いるCDU/CSU党や緑の党から連合で推薦を受けている。街頭インタビューの市民の意見も、前市長とほぼ同じであった。
勿論、難民の問題は本当に難しい局面にあって楽観的な事は誰も口にしなくなってきてはいるが、かといって難民を受け入れた事が間違いだ、または追い出すべきだ、という意見は一般的ではないし、この事件の難民問題への影響は日本のマスコミが書く程ではない。
というより、この事件が起きなくても状況は同じ、といったところだろうか。私も夫も驚き呆れたのだけど、なんと今回の市長選の投票率が40%弱、という驚きの低さだった。でも実はこの数年、市長選の投票率はこの程度なのだとか。難民問題も何も、関心がないのか?自ら民主主義を捨ててどうする、ケルン市民よ…。
その裏事情はまた情報があれば別の機会に書きたいと思うが、犯人の動機はともあれ、市長選の結果と難民問題はまた別のもの、と冷静に捉えている感が現地にはある。
「難民」という言葉についてのイメージがそれほどネガティブなのか、ドイツの難民移入問題が報じられるようになってから、日本の知人たちからも、ドイツの治安がこれで悪くなるのかという質問も何度か受けた。でも治安を悪くしているのは難民ではなくて、この通り、難民を標的にしている極右とか差別主義者たちであって、彼等が起こす難民施設への放火事件やデモなどは起きていても、一般市民の日常に変わりはない。
では全く不安がないかといえば、そもそも彼等は難民が居なければ別の標的、例えば同性愛者や外国人などを狙うので、外国人市民である私としては決して他人事ではないし、なんといっても不快だ。
選挙から一週間後の週末、夫と一緒に市主催のある式典に出席した。本来なら当選したレーカー新市長がそこで挨拶をする筈だったが、代わりに区長(ちなみにこの方も女性)が挨拶をし、まず前置きしたいのが、と言ってこの事件に触れた。
市長は身体的のみならず精神的にも傷を負っている筈だけれども、こんな暴力や圧力に屈することなく、私たちケルン市民が一緒に彼女を支えていくのだという皆さんからのメッセージを入院中の彼女にぜひ伝えたい、という発言を、会場の出席者は拍手を持って支持した。
感動的ですらあったそのシーンに「選んだ人」に任せきりにしない、自分たちも一緒に行動する、というドイツ市民の意識を改めて感じた。
政治家であろうと人間だ。区長の言う通り、心に負った傷もかなりのものだと本当に気の毒に思う。ゆっくり静養して頂いて、万全の状態で改めてぜひこのケルンの行政を担って頂きたい。ケルン初の女性市長の誕生はとんでもない事件から始まったけれど、これをバネにケルンという町がまた更にリベラルにオープンになっていくかもしれない。
難民問題をきっかけにドイツでは再び外国人排斥運動が一部で盛り上がってきてはいるけれど、それを押さえ込む数のリベラルな人たちが居ることも確かだから。
写真の解説
選挙当日、夫に付いて投票所に行く途中(私は選挙権がないので見学のみ)に撮った写真。レーカー氏のプラカードの横に写るのは、仲良く手を繋いだ同性カップル。レーカー氏、そしてケルン市民の思想が垣間見えるようなナイスショット!でした。