日本では意外と知られていないかもしれないが、この半世紀、フランス女性と避妊用ピルは切っても切り離せない仲だった。「美人で仕事ができて恋愛上手」というフランス女性のイメージに、もしも多少なりとも真実があるとしたら、それを支えていたのはピルだ、というのが私の持論である。
妊娠の危険から自由になり、セックスに積極的、子どもを作らず仕事に集中し、欲しくなったら自由意志で妊娠する。1967年のピル解禁と1972年の中絶合法化は、フランスの女性運動の輝かしい成果であり、女の自由の象徴だった。80年代にフランスに来た私は、少し年上の女性たちから、ピルと中絶についての熱い言葉をどれだけ聞かされたことか。
そのピルとフランス女の熱い関係が急速に冷え始めている。この5月にInserm(国立衛生医学研究所)が保健相に提出した調査によれば、15歳から49歳の(つまり生理のある)女性のうち、避妊法としてピルのみを使用しているのは全体の36,5%、コンドームとの併用4,1%と合わせて40,6%で、2010年の調査に較べて8ポイントも減った。ちなみに私が2005年に刊行した『パリの女は産んでいる』(ポプラ社)に引用した2001年のデータでは、ピルの単独使用44%、コンドームとの併用が8%、つまり52%の女性がピルを使用していた計算になる。
圧倒的なシェアを誇っていたピルだが、実はちょうどその2000年代始めあたりから、緩やかに下り坂になったらしい。理由は、ピルの他にも、信頼できる避妊法がいくつも発達したことがある。IUS、パッチなど新しい技術がいずれも2001年から実用化された。今回の調査では、こうしたピル以外のホルモン系避妊に頼る者が4,5%、昔から人気の高いIUD(子宮内避妊具)22,6%と、ピル以外の避妊法は、2010年との比較でさえ軒並みアップしている。
しかし、ピルの後退を急速に促進したのは、2012年に第三・第四世代ピルの副作用の発覚だ。2012年12月、第三世代ピル「メリアーヌ」の副用により脳梗塞に襲われ半身不随になったと製薬会社を訴える女性が現れた。これをきっかけに第三、第四世代ピルが第二世代ピルに較べて血栓症を誘発する可能性が高いことが人に知られるところとなった。フランス4百万のピル・ユーザーに対し2529件の血栓症があり、うち20人が死亡しているという調査結果が明らかにされ、続いて速やかに保健省が第三、第四世代ピルの保険による還付を停止した。
私は、こうした例が公になる前に出した本のなかで、「第三世代ピルは、第二世代ピルにあった副作用の問題をクリアした安全なピル」と書いてしまっているので、その訂正を兼ねて、ここに情報を補わせていただきたい。
第二世代ピルの副作用は、体重の増加やニキビ、吐き気など、不愉快とはいえ死を招くような重大なものではないので、ここへ来て、フランス女性のピルは30年前の第二世代ピルに戻っている。しかし同時に「ピル離れ」が始まった。
時代の流れを感じる。ピルの副作用は、数年前まで、囁かれることはあっても声高には言われなかった。ピルが「女性解放」とあまりにも結びつき過ぎて、ピルの悪口を言うことは、女性の権利に対する反動的な意見と同一視される傾向があったからだと思う。
しかし今や、ピルの危険は誰でも口にできるようになった。特に大きく影響を受けたのは15歳から29歳の若い世代である。ピル合法化から50年近くが経ち、熱く語った世代がピルを使用しなくなって10年以上になる。生まれたときからピルのある世界に育った今の若い世代は、ピルに神話的なイメージはもう持っていないのだろう。
ピルの後退を埋め合わせるように、コンドームの株が上がっているのも面白い。2001年には6%、ピルと併用している8%と合わせても14 %と人気のなかったコンドームが、単独で15%、併用で19,4%と躍進している。コンドームは、エイズ予防のキャンペーンとともに広まり、シェアを拡大している。
ピルに慎重で、副作用問題に敏感だった日本では、ピルがようやく解禁になったときも第三世代ピルは許可されなかった。そういう意味で、日本人女性は危機を免れたと言えるかもしれない。
こうして、日本とフランスの避妊事情は歩み寄っているように見えるが、避妊と密接に結びついた、性とその主体との関係については、果たして、どうなのだろうか?