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中学生になる娘が、「変な映画見せられて、ほんと困っちゃった」と学校から帰って来た。Tomboyというタイトルで、男の子のような女の子の物語だという。「友だちといっしょに泳ぎに行って、水着を切って男の子のみたいにしちゃって、それで・・・」と恥ずかしそうに「粘土でおちんちん作って入れちゃうんだよ。もう、みんな困っちゃったよ。どうしたらいいの・・・」
それを聞いて私は、おや、それはひょっとして、「平等のABCD」ではないか、と思った。
「平等のABCD」というのは、現社会党政権のヴァローバルカセム女性権利相が、ペイヨン国民教育相と組んで提唱し、いくつかの地域の小学校とその前段階である保育学校(幼稚園に相当)に、実験的に既に導入したジェンダー教育だ。
フランスの男女平等達成度は、ダボス会議を主催する世界経済フォーラムによれば世界136カ国中45位。105位の日本に比べれば遥かに進んでいるが、北欧諸国には遠く及ばない。そればかりか、同じ西欧のイギリスやドイツにも大きく退けをとっている。
男女の給与差は、OECD加盟国平均の10%に対し20%(しかし日本は更に上回る30%)。その背景には、女性の就職先が教育、福祉など、高給にならない分野に偏ること、パートタイム労働が女性に多いことがある。一般に学校では女子の方が優秀で、高等教育を受けるのも女子の方が多いのだが、就職に有利な理系や、エリート・コースであるグランゼコール(大学より評価の高い専門教育機関)に進む数となると、いきなり男女が逆転する。シラク元大統領やオランド現大統領など、政治家や高級官僚を養成するトップ中のトップ、国立行政学院(ENA)では、女性は2割にしかならない。また、家事負担が女性にのしかかる構図もなかなか是正されず、育児休業制度の利用者は著しく女性に偏っている。
「性の観念は生物学的であるというより、むしろ社会文化的な背景により植え付けられたものだ。根強い男女間差別、またホモセクシュアルに対する差別は、もはや放置しておけない。これを根絶するには、教育の前段階で強制的に行わなければならない」と、ヴァローバルカセム女性権利相は考えた。
私の娘は中学生なので、彼女の映画鑑賞は、厳密には「平等のABCD」ではないが、男女のステレオタイプを再生産しないようにするのが目的という、同じ方向性を持った教育に違いない。
その意図は悪くないように思うが、実際にはどうしたらよいのだろう。女の子のステレオタイプにすっぽり嵌る男の子やその逆の女の子がクラスにいた場合に、苛めたり、からかったりしないようにさせる、というような指導はとても有用だろうけれども、そんな子が実際にいない場合に、映画を見せてどのくらい役に立つのだろうか。余程、信念を持った教師でないと、見当外れなことをやってしまうのではあるまいか。先生に「どうしてこの映画を観るんですか?」と質問した娘は、「国民教育省が見せろって言うから」という答えをもらった。そして、クラスみんなで溜め息をついて終わり。
「平等のABCD」には、「ジェンダー理論の押しつけ」、「男、女の区別をなくすつもりか」「子供をホモセクシャルに教育するつもりか」など、異論、珍論かまびすしい。「性の観念は社会文化的に植え付けられたもの」だという考えを共有しない人も多いのだ。
フランスでは昨年、ゲイ・マリッジが認められ、同時にゲイ・カップルが養子をとって親になる権利ができたが、法律が成立する前の反対運動は凄まじかった。未だに反対の声は収まらない。養子に続いて同性カップルによる人工授精も解禁しようと家族法改正に手をつけようとした政府は、2月初めの反対派のデモの勢いに、審議を延期せざるを得なくなったのだが、デモでは政府のジェンダー教育も槍玉に上がった。
教育の現場で、男女のステレオタイプを再生産しない試みをするというのは、壮大な実験のように思うが、賢く進めないと説得力や効果がないのではないか、私は興味を持って子供からの報告を待っている。