以前、高齢で社会的にも地位が高い男性著者と仕事をしたことがあります。
世の中ではたぶんリベラルと思われているその人は、打ち合わせの席でタバコをふかし、新聞や週刊誌をめくりながら、盛んに「昔は良かった。もはや日本人にはモラルもない」「日本はどんどん劣化している」ということをいかにも嘆かわしいねぇという口調で話していました。当時、女でその席では一番年下だった私は、無邪気に「えー、そうですかね?私は世界はどんどんよくなっていると思いますけどねー」というようなことを言いました。
だって数十年前まで、女に生まれたというだけで嫁に行かなきゃならない、家事をしなきゃならない、就職でも差別される、そんなことが平気でまかり通っていたわけです。
神様に「いつでも好きな時代に生まれ変わらせてあげる」と言われたとしても断然、今を選ぶわ!と確信してゆるぎなかったのですが、最近、やっぱり世界は劣化しているのかもな、と思う出来事が起こってしまいました。
そうアメリカ大統領選です。移民排斥や女性への差別を公言していた人物がアメリカの次期大統領になってしまいました。
2009年、オバマ大統領が黒人として初めての大統領に就任し、今度はヒラリー・クリントンが女性として初めて国の政治的なトップになる――。世界はすこしずつ前進している、そう思っていたのに。イギリスのEU離脱の時もそうでしたが、オバマを選んだ国がわずか8年後にこんな結論を出すとは、本当に信じられない気持ちです。
新聞やメディアでは、トランプ氏は選挙戦では過激な発言をしていたが、彼も優秀なビジネスマン。実際に大統領になったらそんな過激なことはできない。安定した政権運営をしてくれるんじゃないか――、みたいな何の根拠もない希望的観測記事が出始めていますが、デバ子は違うと思っています。
私は言葉の人間です。記者としてずっと言葉を扱う仕事をしてきて、その力を信じているし、その暴力性も痛感しています。トランプがこれまで発言してきた言葉がどれほどの人を傷つけ、力を奪ったことか。そしてその発言の主が当選したことで、差別は容認されるという空気が醸成されているのは間違いありません。今後、さまざまな現場でどんな暴力行為を生むのか、差別的扱い、政策,施策につながっていくのかを考えると本当に怖いです。
負けた ヒラリー・クリントンは結果が出た翌9日、支援者の前でこう演説をしました。
「私は人生をかけて信じるもののために闘いました。成功や挫折、痛手も受けました。みなさんもまた、政治と挫折の双方を経験することと思います。今回の挫折は痛手ではありますが、正しいと信じるもののために戦うことは、その価値があると信じることをやめないでください」
「私たちが行動してきたのは、個人のためでもなく、1回の大統領選のためでもありません。愛するこの国のためであり、希望に満ちた分け隔てのない寛容性を持つアメリカのためです。この国は私たちが予想していた以上に、深く分断されています。しかし、私はアメリカを信じていますし、これからもずっとそうでしょう」
そして「特に女性のみなさん」と呼びかけ、「私たちはいまだに、もっとも高くて固いガラスの天井を打ち破ることができてはいないけれど、いつか誰かが突破してくれることでしょう。その時期が、私たちが考えるよりも早く訪れてくれることを願います」と訴えました。
(ご興味のある方は全文が掲載されているようなのでhttp://logmi.jp/168757を見てみてくださいね)
デバ子にはクリントンさんの心からの言葉だったように感じます。彼女が人生をかけて実現しようとしたこと、それはアメリカだけじゃなく世界の女性をエンパワメントすることでもあったと思うのです。
残念ながら、トランプが大統領に選ばれてしまった。彼自身が力を持つことだけでなく、彼を押し上げた人たちがこんなにも大勢いることはとても悲しく怒りを感じる。
でもでも、そんな状況でも自分が正しいと思うことのために闘うことをやめないこと、信じ続けること。それはできるはずなんです。
私自身もそうだし、ヒラリーの言葉に励まされた人たちが世の中を変えていこうとする力を信じようと思います。
これは前進していくための過程なんだって。将来、冒頭の男のように「昔は良かった」「世界はどんどん劣化している」とか言わないために。