日が沈んでからの肌寒さは、すっかり晩秋って感じ。
だけど、帰宅ラッシュどきの地下鉄駅構内には、ムッと熱気がこもっていた。
まだ電車に乗ってもいないのに、周囲は苛立ったサラリーマンの壁で、押しつぶされそう。
「いったん、改札をお出になり、駅構内で……」
「うるせえ! 外は雨だぞ! 出ていけるか!」
「出ていきたくても、動けないんだよ!」
駅員と客のどなり声が、あちこちで挙がってる。
車両点検だの事故だのが重なって、乗車率百パーセントを越えるこの時間帯に、複数路線の電車がほぼ全滅状態になってから、もう四〇分近く経っていた。
私だって、いい加減ウンザリ。駅員の言う通り駅を出たいけど、人ごみに揉まれるまま、自分がどっちに向かって動いてるかもわからない。
「あ、痛っ!」
肩を押され、後ろを探りながら一歩下がったとき、ウエストあたりに何かが当たる。
首をひねって見ると、銀色のドアノブが、ガッツリとヒットしていた。いつの間にか壁際まで押されてたみたい。
同じ銀色のドアの、ノブの上には二列に並ぶボタンキー。駅員さんが出入りするドアみたい。
毎日使ってる駅だけど、こんな所にドアなんて、あったかしら?
ウエストをさすりながら、なんとか身体の向きを変えようとする。と、
「誰だ!? 押すなよ!」
バッグが当たったらしい誰かの大声と同時に、ドンと押された。
ヤバい! ここで転んだら、大勢に踏まれてニュース沙汰になりかねない!
覚悟を決めてギュッと目を閉じる私。
次の瞬間、私は覚悟していた床じゃない、熱い弾力と激突していた。
目を開くと、薄いブルーのシャリッとした布地と、右胸のポケットに縫いつけられたエンブレムが見える。
やっぱり、毎日の通勤に使ってる地下鉄の駅員さんーーー
「じゃ、ないっ!?」
貧相なおじさんやオタクっぽい若手が目立つその駅で、彼の姿はあまりに異質。
肩幅は私の倍、身体の厚みはもっとありそう。シャツを通しても感じる熱い生命力には、ムスクみたいにセクシーな香りが潜んでいる。
思わず、深く息を吸い込んでしまった。だって、
「大丈夫?」
心配そうに言いながら、私の背中に腕を回すのは、日本を代表するアスリート・四条丸駆クンなんだもの!
こんなときに、一日駅長でもやってるのかしら。
そう思うくらい、彼の制服姿はジャストサイズで似合ってる。
「潰されちゃうところだったね」
「……あ、ありがとう、ございました……」
ため息まじりになってしまうのは、助けられて安心したからじゃなくて、鍛え上げられた肉体を包む灼けた肌が、シャツの色に映えて、打撲の痛みも忘れるほどセクシーだったから。
私はごく自然に、彼の胸に頬を当ててもたれかかった。
彼も、当たりまえみたいに私の肩を抱く。
そして二人は、より添って階段を上り始める。そこはどうやら階段室らしく、左から右へ登っていく階段以外、何もなかった。
カシャンと音を立てて、私達は二畳ほどの小部屋に足を踏み入れる。
床は側溝カバーみたいな鉄格子。
その隙間から蒸れた人いきれが昇ってくる。よく見ると、下でうごめいているのは大勢の人の頭。
「ここって……」
「そう、改札内の上。声を出したら、気づかれちゃうかも……」
そう囁いたと思うと、彼、私の顎をクイッと上げて、いきなりキスしてきた。
「ん……ッ」
歯の裏や上顎の丸みをくすぐられると、おねだりするような喉声が出ちゃう。
ムスクに似た彼の香りが喉の奥に流れこんできて、頭の奥がトロトロ蕩けそう。
キスと同時に、もう片方の手が私の腰に回った。
「ぁ、ソコ……さっきドアにぶつけて、痛いの……」
「そうだったんだ、ゴメンね」
白手袋に包まれた太い指先に優しく撫でらて、痛みの名残はあっという間に快感に変わっていった。
「ぁあ、あん、イィぃ……」
私、彼の肩に両腕をつき、顎を上げて喘ぎ続ける。
彼は格子の上にしゃがみこみ、私のスカートの中に頭をつっこんでいる。
さっき口内を甘く犯した舌が、今は私のナカを嬲っていた。
お腹の奥までムスクの香りに満たされるような、たまらない快感。
手袋のままの指が、舌と一緒にアソコを蹂躙する。素肌とは違う、少しザラついた感触も、たまらない。
「んヒィイッ!」
高い声が出ちゃう。ジュッと音を立てて、クリちゃんを吸い上げられたの。
「そん、な、シたらぁ……」
「うん、お汁がイッパイ、あふれてきたよ」
スカートの奥から、くぐもった声にからかわれて。
「やんっ、あふ、あふれちゃう……っ!」
もう、声を押さえるなんて無理。
とめどなくあふれる快楽の滴が下に落ちて、誰かに気づかれてもかまわない。
私は片手を下ろし、スカートの股間を持ち上げる彼の頭に乗せて、いっそう奥へ押し付けながら、
「……吸って、もっとぉ、ジュッてして、イかせてぇーーー!」
絶頂の叫びを放った、そのとき。
ゴオオオオッ!
轟音と同時に、床の格子から勢いよく熱風が吹き出して、私のスカートをマリリン・モンローの映画みたいにまくりあげた。
と、思った。
思ったんだけど、音と熱風はドアが開く前と変わらない人垣の向こうから響いてる。
エクスタシーの余韻でクラクラする頭に、駅のアナウンスが遠く聞こえた。
「……運転を再開いたしましたが、しばらく徐行運転となり、次の電車は……」
周囲に、ホッとしたようなため息と、小さな舌打ちが沸き起こる。
私はまだ蕩けっぱなしのアソコを持て余しながら、ドアの痕跡もない壁を向いて、苛立った群衆の中に埋没していた。
だけど、ウエストには確かにノブにぶつけたはずの痛みが、まだちょっとだけ残っている。
彼にソコを撫でられたときの、甘い疼きも。
この感じが消えてしまう前に、改札を出てトイレに行こうかな。
そう考えながら、私はぼんやり蒸し暑い地下空間に、ぼんやりと佇んでいた。