年明けそうそう、気持ちワルイほど気温が上がったり、かと思うとドカ雪が降ったり。
今年も異常気象だねえ、なんてセリフがもう普通に感じる。
それでも、スキー場に近い鄙びた温泉地には、昔ながらの「ザ・日本の冬」といった景色が広がっていた。
両側に雪が盛り上がった細い道。週末というのに人も車も少ない町の空気は、キンと冷えて澄み渡っている。
今日のお目当ては、町外れの小さな銭湯。知る人ぞ知る源泉かけ流しの、温泉銭湯なの。
露天風呂もジャグジーも岩盤浴もついてない銭湯なんてつまんない。
友達は皆そう言うけど、わかってないよね。温泉の醍醐味って、やっぱり泉質でしょ。
だから私は、堂々の「おひとりさま」。
誰に気兼ねすることもない、気楽な日帰りプチ旅行ってわけ。
置物みたいなお婆ちゃんと猫が座っている番台は、レトロな映画のワンシーンみたい。私、恋に破れて北国をさまよう演歌のオンナになったような、メランコリックな気分でになった。
硫黄の香りが濃い、木造の脱衣所。開店間もないせいか、先客はいない。
磨りガラスの向こうには、もうもうとした湯気が満ちている気配。
やっぱり、こういうのがホンモノの雰囲気ってヤツよね。
演歌のオンナ気分も忘れて、私、ヤッホー!とばかりに浴室に駆け込んだ。
思った通り、十畳もなさそうな浴室は真っ白な湯気で一杯。
温かな霧の中に分け入っていくような、不思議な感じ。天上近くの窓から差し込む午後の陽射しが、湯気の向こうでふんわりきらめいていて、とてもステキ。
まずは、ざっと掛け湯をして、あったまろうと思った。
足先で湯船のへりを探り、あちちち、などと呟きながら、とろりとしたお湯に身を沈めていく。
「……ぁあー……っ、サイコー!」
思わず声が出た、次の瞬間。
「ええっ!?」
まさかの反論。じゃなくて、他人の声が聞こえた。私の貸し切りじゃなかったの?
ううん、そんなことより、聞こえた声が問題。太く豊かな響きは、湯気にくぐもっていても間違いようのない、男の人のそれだった。
自分の肩から下が見えないほど白濁して、やや緑がかったお湯の上に漂う湯気を掻き分ける。目を細めてよく見ると、すぐ前に、大きな岩……じゃなくて、頑丈そうな筋肉に覆われた、岩のように逞しい褐色のボディ。
「え、えええーっ!?」
今度の声は、私の口から出ていた。
トレードマークのツンツンヘアが、今は赤ちゃんみたいにくしゃっと潰れている。驚きに目を見開いた表情は、テレビやネットで見るより幼くて、こんなときなのに、私、可愛いと思ってしまう。
「……あ、あの、こっち男湯なんだけど、どういう……」
四条丸駆クンの、こんな恐る恐るの囁き声、初めて聞いた。と、いうか、
「え、ウソ、私、間違え……?」
私の声も囁きになる。
男湯と女湯を間違えるなんて、ヤバすぎない!?
私はほとんど茫然自失。
すぐに湯船から飛び出さなかったのは、お湯に沈んだ部分が見えなかったから、だと思う。
盛り上がった肩から、一旦キュッと締まって再び張り詰める上腕筋と、谷間ができるほど鍛えられた大胸筋がチラリと覗くだけ。呆然としつつも私、意地汚く観察してるの。
彼、私の視線に気づいたのか、目の下をほんのり赤らめた。
妄想の中ではちょっぴり強引にリードしてくれる彼、本当はこんなシャイな人だったのかしら。
「……お湯がこんなに濁ってるから、えっと、その、何も着てないって感じがしませんね」
私、浴室から出ていくどころか、我ながらトロけた声で、そんなふうに話しかけていた。
「……そ、それはそうだけど……でも」
目を泳がせながらボソボソと答える彼が可愛くて、私、いっそう大胆になってしまう。
お湯の中で見えない腕を、そっと伸ばす。すぐに、パツパツに張り詰めた滑らかな肌に触れる。
「……!」
彼、声を出さずに全身をビクリと緊張させた。
「よかった……お湯の中にも、ちゃんといるのね……」
早くものぼせかけているのか、私はエッチな悪女みたいな言葉と、胸板を撫で回すてのひらで、彼を煽る。
指先に感じる突起。その周囲を爪先でコリコリすると、キュンと堅くなる感触。
「……ふっ!」
彼が甘えるような鼻声を出し、もっと愛撫をねだるように胸を反らせた。
「……感じる?」
コクコクと頷く彼の膝に自分の膝が乗るまで、私は身体を進める。
さっきから疼いていたバストを、彼の胸に押しつける。乳首で乳首を探して、女の子同士みたいに、
「ッあ、そ、それ……」
擦り合わせると、彼は驚いたような声をあげ、反射的に私の腕を掴んだ。お湯がバシャンと波立って、一瞬湯気が割れる。
「……イヤ?」
汗に濡れ、赤く火照った彼の顔を見上げて囁くと、すこし迷ってから首を左右に振った。
私、彼の肩に両手を乗せ、身体をくねらせて乳首同士のキスを続ける。
それだけでは足りなくなって、唇も合わせる。
舌と舌、乳首と乳首が擦れ、絡み合い、頭も身体も蕩けていきそう。
私、見えないのをいいことに、お湯の中で両脚を大胆に広げて、彼の腿に跨がった。お行儀よく正座しているアスリートの股間で、想像通り、いえ、想像以上にカタく高々とそそり立つモノが、私のアンダーヘアーに触れる。
うっとりするけど、入れたいなんて思っちゃダメ。
今だけ、ここは女湯なの。
女の子同士なんだから、
「……ね、こっちも、こすって。こすり合いっこしましょう」
唇を重ねたまま、不明瞭な声になったけど、彼には通じたみたい。
チャプチャプとお湯を揺らして、彼の切っ先が、私の肉芽を探す。さぐり当てて、小突いたと思うと、コリコリと擦られる。
「はぁ、あ、アッ、あぁぁ……」
少女の頃のたどたどしいオナニーの感覚が甦って、私はやみくもに腰を振った。
二人の善がり声が重なり、水音が大きくなる。
もどかしいけど、それがイイの。
おちんちん、欲しい……と、思いながら、絡み合っているのが、卑猥なの。
「いッ……一緒に、イける? イけそう?」
キスの余裕がなくなり、私、彼の肩に歯を立てながら、かすれた声を振り絞る。
「んっ、うんっ……がんば、る……!」
小さい子供みたいに素直な彼の返事に、背中がゾクゾクした。
身体はもちろん、感覚そのものが絶頂する予感。
一緒に、彼と一緒に……。
湯船から出たのかどうかもわからない、強烈な浮遊感。
その直後、私は床に尻餅をついていた。
にゃぁあああん!
抗議するような鳴き声と一緒に、視界の端を茶色の塊がよぎっていった。
「お客さん、でえじょぶか? しての、そっちゃ男湯だで、へえったらいかんわ」
続いて、背中から方言のきつい声がかかる。
振り返ると、番台のお婆ちゃんが、手招きするように腕を振り回していた。隣の猫は、いなくなっていた。
私の目の前には、水色の大波を描いたのれん。よくよく見ると、左下の隅っこに、赤で「男」と書いてある。
こんなの、間違っても仕方ないじゃない!
私はふくれっ面で、番台の反対側にかかっている、同じ絵柄ののれんをくぐった。
今度は彼が間違えて、女湯に入ってくるかもしれない。
どうしても、そんな期待を捨て切れなかった。