去年のクリスマスは、別れたカレシがフレンチディナーをご馳走してくれた。
だけど私、ワインに酔っぱらっちゃって、結果は散々。ま、それも別れた原因のひとつだったんだけど。
だから今年は、ホテルのランチで女子会にしたの。
3つ星ホテル最上階レストランのジビエコースを予約して、パーティードレスにメイクもヘアも華やかにキめた。女子同士だからって手抜きしたくないし、メンバーは言うなれば、全員ライバルでしょ。
高い天井にきらめくシャンデリアが素敵。外人も少なくないギャルソンにかしずかれ、木枯らしの底に沈む街並を見下ろす気分は最高。
本音を言えば、去年よりイケてるカレシの奢りだと、もっと完璧だったんだけど。
コース途中のグラニテを食べ終わったら、ちょっとお腹が冷えちゃったみたい。
失礼ながら、次のメインディッシュにそなえて、私は席を立った。
お手洗いは、エレベーターホールの右手奥、だったはず。ふと目をやったエレベーターの扉が、そのとき、開いた。
ピカピカに磨かれた靴先が、まず目に入った。
横ラインの入ったパンツの上に、ナポレオンカラー風のお洒落な制服。特別仕立ての注文品のように、分厚い胸板をしなやかに包んでいる。肩章のゴールドが目立つ、落ち着いたオリーブグリーンが素敵。
うっとりと目線を上げていった私は、彼の顔を見た瞬間、思わず息を呑んでいた。
いかつく盛り上がった肩に支えられた太い首。制帽のバイザーの下から覗く、涼しい瞳。逞しさの中に繊細さも感じる顎先の、セクシーな髭……間違いない。
「……まさか、四条丸クン……」
クリスマスの昼間、あの有名アスリートが、どうしてホテルのベルボーイの制服を着てるわけ!?
四条丸駆は、口許にかすかな笑みを浮かべて私を見下ろした。
その後ろでエレベーターのドアが閉まった。他のボックスに乗り込む人も、出て来る人もいなかった。
レストランのBGMが低く流れてくる意外、空気を揺らすものもない。
世界で二人きりになったような、不思議な空間。
彼は、黙ったまま私に手を差し伸べた。
真っ白い手袋は、たぶん特大サイズ。究竟なラガーマンのゴツい指を、貴公子みたいに優雅に見せている。
ホテルの制服だとわかっていても、本物の王子様みたい。カッコイイなんて言葉じゃ足りない。雄々しくて、ゴージャス。
私、熱に浮かされたように彼の手を取った。
彼の腕が私の腰に回り、胸に引き寄せられる。
これって……ダンス? 私達、躍ってる?
現実感がなさすぎて、逆にまともなリアクションができなくなったみたい。
私、彼のリードに身を預け、お姫様みたいな気分で身体を揺らす。
肩やうなじを、チュッチュッと吸われる。くすぐったいけど、いい気持ち。
顔を上げると、ちょっと潤んだような彼の目と目が合った。
「……すごく綺麗だよ。お姫様みたい……」
胸が一杯、みたいな口調で言われて、パッと頬が火照った。
私が感じてたのと、同じことを言ってくれた。
高価なプレゼントはもちろん嬉しいけれど、世界レベルで一級の男性に、こんな直球の褒め言葉をもらうのが、こんなにシビれる体験だとは知らなかった。
視界がぼやける。
私、涙ぐんでる。でも、それだけじゃなかった。彼が背をかがめて、私に顔を近づけたの。
唇が、重なった。
蕩けるように優しい、甘いキス。
おずおずと入ってくる舌先に、女神を崇めるような躊躇いを感じる。強引な愛撫も素敵だけど、大聖堂の天使の像の前で受け容れるような敬虔なキスって、素晴らしい。
私達はもう躍っていない。身体が溶け合うようにぴったり身を寄せ、静かに深いキスを続けていた。
触れられていないのに、花から蜜があふれるように、アソコから悦びがあふれるの。
法悦、っていうのかしら。天上の神々から与えられるような、澄み通る快感。
舌と唇からこぼれる濡れた音と、お互いの熱い吐息の中で、私は声もなく法悦の頂点に達していた……。
エレベーターがまた開いた。
今度は、中年の夫婦らしいカップルが出てきて、私の方を不審げに見ながらレストランに入っていく。
お洒落してもご馳走食べても、どうせ独り身同士のクリスマス。妄想でもしてなきゃ、やってられないっつーの!
私、心の中で八つ当たりしつつ、やさぐれた気分でレストルームへ向かった。
鏡の中には、下目蓋がほんのり赤くなった私の顔。
ゆるく巻いたハーフアップのヘアスタイルと、肩を出したシャンパンゴールドのドレス。メイクだって悪くない……と、思ったら。
ルージュがすっかり落ちてしまってる!
食事中だって気を遣ってたのに。
肩に目をやってさらに驚いた。
肩甲骨の上に、薄紅色の花びら?
ううん、違う。これは……キスマーク!?
あの天国のキスは、妄想じゃなかったってこと!?
私、しばらく呆然としていた。それから、手早くメイクをなおした。
クリスマスだもん、奇跡っぽいことが起こっても不思議じゃないでしょ。
自分自身、一番優雅と思う歩き方で、レストランに戻っていった。
最高のメインディッシュは、もう堪能しつくした気がしていたけれど。