高原に吹く風には、紅葉シーズン独特の肌寒さがあった。
有給消化のため、私は『Y県のワイナリー巡りバスツアー』にお一人様で参加したの。
バスツアーなんていうと、おじさんおばさんが昼間から飲んで騒いで鬱陶しい、と思うでしょ? そういう部分ももちろんあるけど、行ってみると案外おもしろいんだから。
お土産もつくし、個人旅行では無理なスケジュールも楽々。おっさん連中にお酒奢ってもらったり、お菓子買ってもらったり、最近体験する機会が減った「若い女のコ待遇」も満喫できるってわけ。
もっとも、誘った女友達には
「ガチでムリ! そこまで落ちぶれてないし、ワインとかそれほど興味ないから」
なんて言われちゃった。
国産ワイン、美味しいのに。
メインの観光地は、シャトーなんというテーマパークのお城みたいな建物。
工場見学に試飲体験、レストランからスパまで揃ってる、まさにワインのテーマパーク。地下の試飲場は、中世ヨーロッパの古城をイメージしたという薄暗いワインカーブだった。
せっかくだから、いつもは買う気にもならない高いワインを試飲しようと思った。
大人の腰以上も高さがある大樽に、数本のワインが乗っている。入場時にもらう小さなカップに注いで飲み放題、というシステムなの。
ただし、食物は持ち込み禁止だから、調子に乗るとあっという間に酔いが回ってしまうから要注意。実は去年、初めて参加したツアーで大失敗しているのよね。
案の定、高級ワインを酎ハイみたいにガブ呑みしてる一団は、相当酔っぱらっているみたいだった。
「お、珍しい、こんなとこに女子1人!?」
「カレシとはぐれたとか? まっさかねー」
「なあなあこれ、呑んでみた? 超ヤベーよ、1本はっせんきゅーひゃくえんだって! 逆に笑えねー!?」
一斉に話しかけられて、思わず苦笑い。
それほどおじさんじゃないし、ダサくもない3人組。だけど、一応公共の場でタダ酒に泥酔して、勢いで初対面の女子にこんなに馴れ馴れしくするなんて、かなりしょっぱい連中。
喋っている間に調子付いたのか、1人が私の腕を掴み、酒臭い息にムッとするほど近くに引き寄せた。
「俺のカップ、貸してあげるからほら、呑みなよ、間接チュー……なんちゃって!」
自分の下手なギャグに大笑い。バカ丸出し。もう、つきあってられない。
男の手を振りほどこうとした瞬間、その後ろから、逞しい腕がサッと伸びた。酔っ払いより一回り以上大きなてのひらが、容赦なくその手を握り込み、引き剥がす。男が、いてっ、とうめく。
「……そのくらいにしておいたら?」
同時に、小柄な酔っ払いの向こうに覗く、切れ長の優しい瞳。でも今は、目に余る酔態に、鋭い光を注いでいる。男達は一瞬でその眼光に呑まれたらしく、ひゅっと息を詰める音が3つ重なった。
このひと、まさか。
世界に名だたるアスリート・四条丸駆クン!?
瞬きひとつの間に、私は別の場所にいた。
ワインが並ぶ棚の隙間、ただのレンガ壁だと思っていた所が、細い扉になってたの。
彼に腕を取られた私、あっけにとられた男達の前から、その奥に引き込まれていた。
ワインカーブより暗いけど、広い通路が私の前後に広がっている。スタッフ用の通路なのかしら。
「試飲の邪魔しちゃって、ゴメンね。でも、あんな奴らと呑んでも楽しくないかな、って……」
さっきの威圧感が嘘みたいに、照れたように目を細めて、駆クンが言った。
「いえ、そんな、助かりました…」
「この先に、本当の貯蔵室があって、一般の試飲には出さない、超高級酒が眠ってるんだ。ちょっと試してみる?」
彼は片手に持った大振りのワイングラスを軽く揺らした。あの騒ぎでも、一滴も毀れなかったみたい。これもアスリートならではのバランス感覚、なのかしら。
グラスの方から、何ともいえない芳香が漂ってくる。
頷くより先に、グッと抱き寄せられた。
私に、と言ったくせに、彼、肉感的な唇をグラスにつけて、たっぷりと口に含む。
「……んぁッ!?」
セクシーな紫に染まった彼の唇が、私の唇に押し当てられた。
「んっ、んむぅ……」
重い渋さの中に蕩けるようなまろやかさを秘めた、駆クンそのものみたいに極上の赤ワインが、私の喉を滑り落ちていく。
喉が鳴る。灼けつきそうな刺激。それがお腹に届き、全身がカッカと火照るよう。私、そんなにお酒に弱い方じゃないのに。
「……お代わり、欲しい?」
甘くいじめるように囁かれ、私は彼の腕の中で震えながら頷いた。何度も。
そのたびに、彼は口移しでワインを呑ませてくれる。
次第に、呑んでいるより舌を絡めている時間の方が長くなる。私は口に力が入らなくて、彼の舌にいいように嬲られながら、ワイン色のよだれを止めどなく流し続けた。
「あぇ、な、ぁにしてうのぉ……?」
キスから何とか逃れて、あえぎながら言った。だって、彼、私のスカートをまくって、パンティの隙間へ、指を。その指先から濃く香るのは、このワイン……?
「ひゃぁああん!」
ニュッと差し込まれた瞬間、思わず悲鳴が出た。軽くかき混ぜただけで、すぐに出て行ってしまった指が、私の目の位置にあるグラスのワインに浸される。
「……あ、あぁ……」
紫に染まった指が、再び私の中に入ってくる。また掻き回される。
どんどん、たまらなくなる。
私はもう彼に抱かれていなかった。自分から、必死になってすがりついていた。
極上のワインを、口とアソコから、もっともっと極上のワインで塗り込められていくの。
クチュンクチュン、アソコも悦びの悲鳴をあげている。
視界に紫の靄がかかる。身体が融けて、ワイン色のトロトロしたゼリーになってしまいそう。
「すご、いッ、すてき……っ! もっと、もっと入れて……蕩かして!」
私、さっきの酔っ払いどころじゃなく快楽に酔いしれて、そう口走っていた。
カラン!
高い音がした。
私、その場に尻餅をついていた。
さっきより明るく感じる空間を見上げると、私を見下ろす顔、顔、顔……。
「大丈夫ですか?」
ツアーの添乗員さんが、呆れたような声をかけてきた。
私の横には、試飲用のカップが転がって、紫の雫にまみれている。どれだけ呑んだのかわからないけど、気がつくと私、充分以上に酒臭い。
「……はあ、まあ……」
私、のろのろと起き上がりながら、小声で答えた。
無意識に呑みはじめて、あんな妄想にハマるまで酔っぱらっちゃうなんて、アル中的には大丈夫じゃないかもしれないけど。