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棚卸日記 Vol.23『世間の声に殺される』

爪半月2025.01.30

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◇「女性問題」ではなく「男性問題」だ◇

"女性に対する暴力と差別は、被害者が女性なので女性問題といわれるわけだが、加害者のほとんどは男性なのだから、考えてみればそもそも「男性問題」だったのかもしれない。"
(レベッカ・ソルニット著『わたしたちが沈黙させられるいくつかの問い』より引用)

男性たちの性暴力や性搾取は、「スキャンダル」や「女性問題」として扱われるが、男性側の問題なんだから「男性問題」と呼ばれるべきだ。「女性問題」という呼称は、男性たちの依存対象としてターゲットにされる女性たちに問題があるかのような印象を与えるし、行為者の責任がどこにも反映されてない点に於いて極めて不適切だ。

「スキャンダル」の語源は、ギリシャ語の「σκάνδαλον(skandalon)」に由来する。これは、「罠」や「障害物」を意味する言葉だが、男が男の支配欲のみを動機に起こした性暴力をスキャンダルと呼ぶのも不適切だ。組織ぐるみの罠に仕掛けているのは男の方なのに、あたかも女性が引き起こしたかのような表現はガスライティングだろう。今回報道されている中居正広の事件はエントラップメント型性暴力だ。男の方から近付いて加害して「罠にはまった」は通用しない。女性を直接的/構造的な罠にはめて性的利益をむしり取ってきたのは男たちなのだから、男性の性暴力問題として表記を是正することをメディア各位に要請する。

原稿を書いてる最中(1月23日)に中居正広氏の芸能界引退のニュースが飛び込んできた。記者会見もなく、”性暴力を犯しても示談金さえ払えば刑事罰を回避できる”という最悪のメッセージだけ発しながら。

◇DARVO(加害者と被害者の逆転)◇

引退表明を受けて、SNSでは夥しい量の中居正広擁護の声があがり、その中には「加害者の自殺」を懸念する声も散見された。(もっとも、彼らの言い分は「加害行為に対する批判」を「誹謗中傷」に置き換え、「加害者」を「被害者」として扱うDARVOそのものであったが)

加害者臨床でも指摘されることだが、痴漢や性犯罪加害者、DV加害者が自殺することは実際にありえる。中には、「女性にトラウマや罪悪感といった苦痛を与える目的」で自殺を遂行する加害者さえいる。DV研究で著名なドゥールース・モデルの『権力と支配の車輪』にも、DV加害者が「自殺してやる」という脅しを常套手段としていることが明記されている。「中居くんが自殺したらどうしてくれるんですか!?」と訴える中居正広のファンを何人も見たし、「自殺」という直接的な表現は避けつつも、懸念をあらわにする著名人もいたが、私の考えでは、このように自殺の可能性を示唆することによる批判の牽制はDV加害者のそれと類似する性格を持つと思う。

そして、自殺リスクで言えば圧倒的に被害者の方が高い。示談金にトラウマを消す効果はない。示談金には、加害者を刑事罰から守る効果しかない。PTSDに関する基礎的な知識さえあれば誰でもわかることなのに、加害者の自殺リスクに敏感で被害者の自殺リスクに鈍感な人があまりにも多いことに眩暈がする。

私は性暴力加害者には心の底から自殺しないでほしいと願っている。なぜなら、私は加害者が罰せられずに逃げ切ることが許せないからだ。加害者が罰せられずに自然死/事故死するのも許せない。加害者は罰を受けてから死ななければならない。性暴力は殺人に匹敵する暴力なのだ、それなのに犯罪者にならずに済むなんて許せない。レイプは交通事故で誰かを轢き殺すよりうんと悪質だ。なぜなら、ほとんどの交通事故は過失によるものだが、過失によるレイプは存在しないからだ。ターゲットを選んで、「この人を轢き殺そう」という故意による交通事故がないわけではないが、割合としては極めて少ない。ところがレイプは違う。レイプに「過失」はありえない。すべてのレイプは故意によるものである。レイプは明確に「この女を刺す」という選択と意志をもって実行される。

殺人以上の苦痛を負わされた被害者に対して、特権的地位にいる男性が特権性から降りただけのことを”社会的制裁”扱いして大袈裟に同情するのも随分非対称的で納得がいかない。

「尊厳をむしりとられる経験」と、「特権者が特権者でなくなる経験」はどう考えてもイーブンではないだろう。

 

◇加害者を「いい人だった」と書いてはいけない◇

加害者を肯定的に評価する行為は、被害者に対するガスライティング(精神的虐待)であり、被害者批難(victim blaming)のひとつとされる。加害者の引退を惜しむ声や好意的に評価する声は、被害者を精神的に孤立させる効果を持つ。被害者批難とは、第三者が加害者の責任を問うのではなく、被害者の行動や存在を責める現象を指す。また、加害者が社会的に尊敬される立場にいたり、一般的に好まれる人物である場合、その行動が無条件に肯定される傾向がある。加害者の肯定的評価と社会的認識(Positive Evaluation of Offenders and Social Recognition)は、加害者を無条件に肯定したり、被害者の証言の信憑性を低下させたり、被害者が正当な支援を得ることを阻む効果を持つ。仲間内ならまだしも、公の場所に加害者を惜しむ言葉を書いてはいけない。性虐待者もDV加害者もパワハラ加害者も性犯罪教師も、児童ポルノ製造保育士も、買春男も、みんな誰かにとっては必ず「いい人」だったはずだ。加害者というのは得てして権力者であるが、加害者の権威によって恩恵を受けた人は猶更わきまえて、被害者の前では口をつぐまなければいけない。被害者の視界に入るような言論空間で加害者を褒めたり惜しんではいけない。

 

◇ヒムパシー文化に終止符を打ちたい◇

「ヒムパシー(himpathy)」とは、「彼」(him)と「共感」(sympathy)を組み合わせた造語だ。多くは性暴力加害者やセクシストに対して、他の男性が過剰な同情を示すことを指す。搾取や差別を告発された男性に対し、露骨に同情的な言葉を投げたり、道徳的美点を強調するだけでなく、無言の理解や協力を示す場面もこれに該当する。

2018年に女子高校生に対する強制わいせつ容疑で書類送検された山口達也氏が復帰する際(復帰するなよ)、TOKIOのメンバーからは応援や祝福が寄せられていた。SMAPはどうか。中居正広を惜しむような含みを持たせた投稿をした木村拓哉は論外として、残りの3人は「心の整理がつかない」という理由で意見表明を拒否している。露骨に擁護しないだけマシな印象を受けるが、「僕は中居正広を許しません」とか「性暴力反対」とかいう態度表明はなく、結局彼らは沈黙という形で間接的に責任から逃げている。こうした態度を沈黙構成員とでも呼べばいいのか。受動的な態度で性暴力を許容する環境をイネイブリングしてる。性暴力には積極的に反対する態度が不可欠なのに。


◇中居正広を引退に追い込んだのは中居正広だ◇

「芸能界を追い出される可哀想な中居正広」というナラティブが広く拡散されているが、中居正広の名誉を傷つけたのは中居正広本人だし、中居正広を引退に追い込んだのも中居正広本人だ。被害者じゃない。レイプしたのは中居正広だ。組織ぐるみの関与があったとしてもその事実は彼を免責しない。彼は決して「女子アナ」をレイプするように命令されたわけじゃない。受動的な被害者ではなく能動的な加害者だ。組織の責任も彼の責任もすべて免責されないし分割もされない。性暴力事件は100%加害者が悪い。交通事故の過失割合を求めるような発想を適用させてはならない。何割かでも被害者に責任転嫁しようとする人があまりにも多くて眩暈がするが、被害者の責任は0だ。

「フジテレビが悪い!中居くんは悪くない!」という中居正広のファンもおかしいし、トカゲの尻尾切り然と組織の責任から逃げているフジテレビもどちらもおかしい。組織としての責任は100%組織が引き受けなくてはいけないし、性暴力加害者としての責任は100%中居正広が引き受けないといけない。


◇性暴力に「中立」はありえない◇

性暴力は、加害者と被害者の権力の非対称性や、加害者の特権意識が引き起こす暴力である。加害者と被害者が対等ではありえない状況で、「中立」はすなわち加害者への間接的加担、消極的肯定と言える。

権力構造の中で、特定の組織や社会的システムが加害者の行動を黙認し、被害者を批判することで加害者を保護する現象はInstitutional Complicity(組織的共犯)と呼ばれる。特に加害者が組織の一部であり、その影響力や恩恵を受ける者たちが加害者擁護を行う場合に顕著な現象だ。

性暴力は、一人でも多くの人が「加害者が絶対悪だ」と言わないと被害者の名誉は回復しない。「加害者を惜しむ声」「加害者に同情的な声」が多ければ多いほど被害者の回復は遠ざかる。

あとこれは余談だが、フジテレビのCM降板という形で撤退した企業の上層部にも相当数の買春オジがいることが気になる。他者化してんじゃねえぞ。お前ら性暴力に反対なら全社員の買春歴・DV歴調査しろよ。

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爪半月

爪半月(そうはんげつ)

元『風俗嬢』
田舎で育児しながら通信制大学で社会保障を勉強中。

好きな言葉『人権』
嫌いな言葉『自己責任』
twitter @lunuladiary

 

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