詩人であり翻訳家でもあった谷川俊太郎さんが、11月13日に亡くなった。先日、授業の冒頭で谷川さんの話をした。いくつか谷川さんの詩の作品を例に出してみたのだが、生徒の反応はいまいちだった。習っていないのか記憶が定かではないのか、詩では話が続かなかったため、翻訳作品なら記憶にあるかもしれないと話題を変えた。
小さな黒い魚が主人公で、「ぼくが目になるよ」って言って…と、ここまで話したところで「スイミー!」とあちこちから声が上がった。スイミーは生徒たちの心にしっかりと刻まれていた。図書室に谷川俊太郎さんが訳した『スイミー』があるから、よかったら読んでみてと紹介した。筆者も久しぶりに図書室で絵本『スイミー』を読んでみた。小学校の国語の教科書に掲載されていた『スイミー』は縦書きだったが、レオ・ レオニの『スイミー』は横書きだ。谷川さんが訳してくれなかったらスイミーを知らなかったかもしれないなどと思いながら、新鮮な気分で童心に帰って楽しく読んだ。
漫画の翻訳の話もした。『ピーナッツ』を知らない生徒がほとんどだったので、チャーリー・ブラウンという少年と、その子が飼っている犬が主人公で…その犬はビーグル犬で…ウッドストックという名前の黄色い小鳥が友だちで…犬の名前の最初の一文字は「ス」、全部で5文字。ここまで言ってもピンと来ていない生徒がほとんどだったが、何人かはようやく「スヌーピー」だと分かった。えっ、スヌーピーってビーグルなの?と言う声も聞こえた。
筆者がスヌーピーはビーグルと知ったのは、中学時代の英語の教科書で『ピーナッツ』の作者のチャールズ・M・シュルツのことが書かれた文章を読んだときだ。初期の頃のスヌーピーは、もっと犬っぽくて(?)黒いブチの面積も広かったと記憶している。だんだん二足歩行で描かれることが増えてきて、黒ブチの面積も小さくなり、ビーグルだとわかりにくくなっていく(ような気がする)。谷川俊太郎さんが訳してくれなければ、スヌーピーと出会えていなかったかもしれないと思うと感慨深い。
筆者自身が小中学校時代に習った谷川さんの詩で記憶に残るのは、「生きる」「朝のリレー」「二十億光年の孤独」だ。「生きる」という詩は、皆さんご存じの通り「生きているということ いま生きているということ」で始まる。当時小学生だった筆者は、「生きている」という自覚に乏しく…と言うより、「生きている」ということに無自覚だった。谷川さんの「生きる」という詩で、改めて「生きている」ということを意識した。と同時に、いつかは死ぬということにも思い至った。
「朝のリレー」は中学生の頃習った。
「カムチャツカの若者が キリンの夢を見ている時/メキシコの娘は 朝もやの中でバスを待っている」で始まる「朝のリレー」。頭の中で太陽の周りを公転しながら自転する地球がイメージされた。次々と朝はリレーされ、明日を迎えていく。そして「朝のリレー」は次のように続く。
この地球では
いつもどこかで朝が始まっている
ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交替で地球を守る
「交替で地球を守る」という発想にハッとさせられ、果たして自分は地球を守っているだろうかなどと、自分を振り返った覚えがある。今の人類はどうだろうか。地球には守られているが、地球を守っていないのが人類のほとんどではないかなどと思ってしまう。
「二十億光年の孤独」は大学時代に改めて学んだ「二十億光年の孤独に/ぼくは大きなくしゃみをした」とあるが、なぜくしゃみをしたのかが議論になったことを覚えている。「二十億光年の孤独から、寒くなってくしゃみが出た」とか、「噂話をされたのでは?」とか、様々な意見が出た。「二十億光年」と大きく出た割に、「くしゃみ」という身近な生理現象が引き合いに出される面白さも感じた。広大な宇宙から俯瞰して人間を見つめる谷川さんのスケールの大きさを感じずにはいられない。
谷川さんが亡くなって、本校の図書室に谷川さんを偲ぶ特設コーナーが設置された。本校の蔵書で閲覧可能な谷川さんの本が、平置きで全て展示されたのだ。その中に『世界人権宣言』(アムネスティー・インターナショナル日本支部/谷川俊太郎 金の星社 1990年5月初版発行)があった。
世界人権宣言は1948年12月10日にパリの国連総会で採択されたとのこと。第二次世界大戦後、人類が二度と大きな戦争を起こさないため、そして、世界が平和であるためには全人類がお互いを尊重しなければならないという思いで採択された。この絵本『世界人権宣言』が作られたのは、もっと多くの人たちに世界人権宣言のことを知ってもらおうとしたからだと本の巻末に描かれていた。アムネスティー・インターナショナルが1988年に「Human Rights Now!今すぐみんなに人権を」という活動を世界中で行い、その活動の一環で世界10カ国以上の国のアニメーターが集まって、世界人権宣言のアニメーションを作ったそうだ。いまではYouTubeでも見ることができる。興味のある方にはぜひご覧いただきたい。
いまから30年ほど前、地元のライブハウス兼カフェで、谷川俊太郎さんと音楽活動されている息子さん(賢作さん)とのコンサートがあった。谷川さんに直接会える機会は滅多にないと、チケットを購入してコンサートに行った。詩の朗読と楽曲とのコラボレーションは初めて体験するステージで、新鮮だった。谷川さん親子は、小中学校やこども園などの校歌・園歌の作詞・作曲も手がけているそうで、県内にも谷川親子の作詞・作曲の校歌・園歌があるという。谷川さんの思いは、子どもたちに受け継がれていく。
世界人権宣言が採択されてから70年以上経つが、いまだに世界のあちこちで紛争が絶えないし、第三次世界大戦につながるかもしれないと感じる動きもある。日本国内でも軍事基地化が進み、米軍との軍事演習にとどまらず、英国軍との軍事演習まで行われ始め、一歩一歩戦争に近づいている様相を呈している。戦争を起こさせないために、日々の授業を通して、足元から平和の種をまいていこうと思う。