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中絶再考 その44 薬による中絶の比率はわずか1.1%

塚原久美2024.12.05

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令和5年度の中絶統計が発表された。1年間の中絶総数は126,734件で前年に比べて4009件(3.3%)の増加を示した。このところ届け出られた中絶の実数も中絶率も漸減傾向にあったのに比して、明らかな増加に転じたことには注目せざるを得ない。なぜ増加したのか?

真っ先に考えられるのは、社会全体の貧困化によって「産み育てられない」と感じる人が増えたということだ。厚生労働省の統計によると、今年1月から6月までの上半期に生まれた子どもの数はおよそ33万人で、去年の同時期と比べて2万2000人余り減少。統計を取り始めて以来初めて年間70万人を下回るペースで減少している。
国立社会保障・人口問題研究所が2021年に実施した「第16回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」にも表れているように、既婚者が理想の数の子を持たない理由として「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」が最多である。経済的ひっ迫が、中絶増加をもたらしている可能性がある。

実際、日本人の家計はますます厳しくなっている。総務省の家計調査(2人以上の世帯)によると、2024年7~9月期の1世帯あたりの消費支出は月29万2127円、うち食料は8万5534円で、家族の総消費支出のうち食費の比率を示すエンゲル係数は29.3%まで上昇した。これは2023年平均の27.8%と比べても1.5ポイントの上昇だが、2023年通年のエンゲル係数自体も約40年ぶりの高水準だった。
日銀の「生活意識に関するアンケート調査」でも、現在を1年前と比べて物価に対する実感として「かなり上がった」と感じている人が63.8%で、「少し上がった」が30.8%と合わせると「上がった」と答えた人の割合はおよそ95%にものぼる。実質所得が伸び悩んでいる中での物価高で、暮らし向きが苦しいために出産・育児を回避する人が増えているのかもしれない。

一方、現代性教育研究ジャーナルNo.164(2024)に掲載されている第23 回JFS 性科学セミナー報告によれば、「最初の人工妊娠中絶を受ける時の気持ち(女性)」では、「人生において必要な選択である」(29.6%)という回答が前回調査に比べて 12.5 ポイントも増加したという。これはかなり画期的な変化ではないだろうか。
同報告では、「避妊法の選択肢として膣外射精を押さえてピル(女性ホルモン剤)が急増」していること、「月経困難症の治療薬」として女性ホルモン剤を使っている、または使う意向がある人が増えているとも指摘している。
中絶を「人生において必要な選択」とみなし、避妊や自分自身の健康を維持するためにピルや女性ホルモン剤を積極的に使おうとする人が増えているのは、女性たちのあいだに「エンタイトルメント意識(自分にはそうする権利があるという意識)」が広まりつつある証拠かもしれない。
中絶薬の登場によって「中絶」が以前に比べてタブーではなくなり、多くの人々にとって「選択肢」として考えられるものに変化したのではないだろうか。
緊急避妊薬の薬局販売を求める運動の影響もありそうだ。「緊急避妊薬でも妊娠を妨げられなかった場合」の次善の策として、「中絶薬」の必要性を考えられるようになった可能性もある。
また、配偶者同意を得られなかったために孤立出産した女性たちのニュースなども、「リプロの権利」意識を育む土壌になったのかもしれない。
この連載でも何度か取り上げてきたように、現代女性の生理周期は100年前に比べて9倍の450回にまで増えている。避妊や中絶など、自分の妊孕性(妊娠する可能性)を自己コントロールするためのヘルスケアは、現代女性にとって必須であり、安価にアクセスよく提供されるべきなのだ。

ところが、令和5年度の衛生行政報告例によると、1年間の全中絶数12万6,734件のうち、投薬による中絶は1,140件でわずか1.1%にすぎなかった。薬の服用だけで中絶できるはずなのに、わざわざ手術を好んで選ぶ女性はほとんどいないだろう。
これほど中絶薬の使用数が少ないのは、明らかに価格を含めたアクセシビリティが悪すぎるために違いない。実際、16県では中絶薬の服用がゼロだったし、他の8県は10件未満だった。およそ半分の都道府県で中絶薬は皆無またはほとんど使われていないことになる。
ただひとつ救いであるのは、中絶薬を使用したケースの77%、つまり4件に3件が妊娠7週以前に使用していることだ。世界では中絶薬の導入によって中絶のタイミングは早期化すると言われている。
日本ではまだ薬による中絶自体の実数が少ないため、中絶早期化の気配はほとんど見られない(令和4年度は妊娠7週以前の中絶は全体の56.7%だったのに対し、令和5年度は56.8%と微増してはいる)。
今後、入院施設をもたないクリニックでも中絶薬の使用が解禁されて行けば、薬による中絶にアクセスできる人が増えることが期待できそうだ。
それでも、日本の母体保護法指定医師は中絶薬を厳重管理下に置きたがるに違いない。だからこそ、中絶薬は安全な薬であり、本来は当事者が最も安心しリラックスしていられる自宅で使えるようにすべきであることを、より多くの人に知ってほしい。

そんなことを考えていたら、とんでもないニュースが飛び込んできた。
厚生労働省は、勃起不全(ED)治療薬の薬局販売を検討しはじめたというのである。
女性たちが望まない妊娠を防ぐために必要としていた避妊ピルについては、何十年間も手を替え品を替えて承認を引き延ばした過去をもち、ここ数年は緊急避妊薬の薬局販売を渋りに渋ってきたにも関わらず、緊急性がなく死亡のリスクさえあるED治療薬を男たちが手軽に入手できるようにするというのだ。
これがダブルスタンダードであることは誰の目にも明らかだ。緊急避妊薬は、望まない妊娠を阻止するために一刻も早く入手する必要のある薬なのだから、薬局で購入できるようにする必要がある。そこで妊娠を阻止できなかったら、できるだけ早く中絶薬で妊娠を止める必要がある。そんな単純なことが、なぜこの国では認められないのか。
女の健康も権利も全くもって保障されていない状況の中、うんざりしながらも、まだまだ声を挙げ続けていかなければならないと改めて自分を鼓舞している。

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塚原久美

塚原久美(つかはら・くみ)

中絶問題研究者、中絶ケアカウンセラー、臨床心理士、公認心理師

20代で中絶、流産を経験してメンタル・ブレークダウン。何年も心療内科やカウンセリングを渡り歩いた末に、CRに出合ってようやく回復。女性学やフェミニズムを学んで問題の根幹を知り、当事者の視点から日本の中絶問題を研究・発信している。著書に『日本の中絶』(筑摩書房)、『中絶のスティグマをへらす本』(Amazon Kindle)、『中絶問題とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)、翻訳書に『中絶がわかる本』(R・ステーブンソン著/アジュマブックス)などがある。

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