アメリカの大統領選で、プロチョイスを標榜し、中絶の権利を掲げていた民主党のカマラ・ハリスが敗退した。「もしトラ」が「またトラ」になり、失望と不安の声があちこちから聞こえてくる。だけど、こと「リプロの権利」について、アメリカは「世界の異端」であることを私たちは忘れてはならない。
アメリカの連邦最高裁が2022年6月のドッブス判決で、女性のプライバシー権に基づいて中絶の権利を認めた1973年の「ロウ判決」を覆したのは、トランプが大統領であったあいだに反中絶派の裁判官を3人も最高裁に送り込んだためだった。
これにより、アメリカでは州ごとに中絶の取扱いが変わることになり、保守派が優勢な州では中絶が基本的に禁止されるか、非常に制限されるようになった。17もの州で中絶が全面的に禁止されたり、厳しく制限されたりしたために、何百万人もの人々がケアを受けられなくなってしまった。特に南部と中西部でその傾向が顕著である。
産科医たちは、患者を適切にケアできないため、これらの州から逃げ出している。そのために、州外に行って中絶するしかなくなった人々や州外に行けずに産むしかなくなる人々が輩出した。
妊婦や乳児の死亡は増加している。妊娠した人々は、生存の見込みのない妊娠を、自身の健康、生殖能力、生命を危険にさらしながら、出産まで強制されている。胎児の生命徴候がまだあることを理由に手当を受けられず、流産後に敗血症にかかって死にそうになった人々や手遅れで亡くなってしまった人もいたことが判明している。同様のことは、2021年に超右派が政権を握り、中絶が厳禁されたポーランドでも起きている。
しかし、センター・フォー・リプロダクティブ・ライツによれば、過去30年間に中絶政策をより緩和する方向に変えた国々は60ヵ国を超える。一方で、同時期に中絶政策をより制限する方向に転換した国々はアメリカ、エルサルバドル、ニカラグア、ポーランドのわずか4ヵ国にすぎない。
国連はさんざん議論した末に、今では女性の「リプロの権利」を人権として保障することを各国に求めており、従来、中絶を厳しく取り締まろうとしてきたキリスト教カトリックの影響が強いアイルランドやアルゼンチン、メキシコといった国々でさえ、中絶を一部または基本的に合法化している。世界の趨勢は間違いなく、中絶の規制緩和と非犯罪化に向かっているのだ。
アメリカのフェミニスト雑誌『ミズ』は、今回の大統領選の結果を受けて、「国内および国際的な両面において、反人権的な政策がジェンダー平等、リプロダクティブ・ライツ、ヘルスケアへのアクセスにおける進歩を阻む危険性がある」と警告を発しながらも、トランプの再選を「10年近くにわたって吠え声を上げ、大言壮語を繰り返してきたドナルド・トランプが、家父長的恐竜にまたがりホワイトハウスに舞い戻った」が「恐竜はそれほど賢くない」と揶揄し、「家父長制の終焉を早めるために努力を倍加させる責任は私たちに残されている」とフェミニストたちを鼓舞している。
20世紀までの産物に他ならないトランプが体現している家父長制と白人男性至上主義は、女性たちのみならず、公正と共生を望む数多くの若い男性たちやその他のジェンダーの人々も傷つける。
トランプ再選が決定して以来、SNSには「ユア・ボディ・マイ・チョイス(お前の体は俺が決める)」という言葉が飛び交っているが、これは奴隷制の再現に他ならない。女性のみならず、弱い立場の男性たちや様々なマイノリティの権利も尊厳も奪う言葉だ。21世紀も4分の1が過ぎようとしている今、私たちが目指していたのは、弱肉強食の世界ではなく、多様性がもたらす豊かな世界だったはずだ。核兵器をもつ大国同士がにらみあい、すわ、第三次世界大戦が勃発したら、地球全体が壊滅的な影響を受けることを、私たちはすでに知っている。
「またトラ」で、私たちは大きな犠牲を払うことになるかもしれない。しかし、より大きな歴史に目を向ければ、人権尊重、ジェンダー平等、リプロの権利の推進はまちがいなく人類が選び取ってきた崇高な価値観なのだ。今は心の傷をいやす時間も必要かもしれない。だけど、諦めることはない。恐竜はほどなく絶滅するに違いないのだから。いや、絶滅させるしかないのだから。諦めず、賢くなろう。