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日本で「経口中絶薬メフィーゴパック」が承認されたのは2023年4月でした。
ミフェプリストンとミソプロストールの2種類の薬を24時間あけて服用することで、妊娠を終わらせ、胎のう(受精胚を包む袋)を体外に排出する人工流産薬です。主成分であるミフェプリストンが中国とフランスで初めて承認されたのは1988年であり、日本の承認はそれから35年も遅れています。
その間に世界では90ヵ国以上で承認され、先進国の多くでは主流の中絶方法になっています。日本と同時期にようやく承認された国々は、厳密に女性の命がかかっている場合のみ中絶を認めているニカラグアや、女性の生命の危険の場合とレイプによる妊娠の場合のみ中絶を認めているエクアドルのように、長年、中絶を厳禁としてきた国々ばかり。
ニカラグアやエクアドルの合法的な中絶の件数はごくわずかですが、日本では、この35年間のあいだに約1000万件の中絶手術が行われてきました。こんな国は他にありません。もっと早く薬が導入されていたら、日本人の中絶観は今とはかなり違うものになっていたことでしょう。

それほど多く日本で行われてきた中絶ですが、2022年にWHOが発行した『アボーションケアガイドライン』で推奨されている方法は、厳密には一つも含まれていないのです。日本の中絶には長らく掻爬(そうは)と呼ばれる外科的手法が用いられてきましたが、近年、にわかに「吸引法」を使う医師が増えてきました。
世界保健機関(WHO)は2003年から掻爬よりも吸引を推奨してきましたが、2012年には「女性のからだに負担の多い古い手法」であることを理由に搔爬を明白に禁止し、欧米諸国で1970年代からスタンダードになっている吸引に置き換えるよう推奨するようになりました。
日本のアクティビストたちはこの事実を一人でも多くの人に知ってもらおうと活動を続けてきましたが、おそらくその成果として、2021年に三原じゅん子厚労副大臣(当時)が日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会に働きかけ、厚生労働省に吸引法の情報を広めるよう「依頼」を発出させました。このことが、吸引普及に大きく影響したと思われます。

ただし、海外では妊娠初期の外科的中絶は局所麻酔のみを用いて外来で行える「医療処置」だと捉えられているのですが、日本の外科的中絶は、搔爬でも吸引でも「手術」と認識されています。それは全身麻酔をかけて、手術室で行っているために他なりません。
搔爬を吸引に置き換えるだけでは十分に「安全」ではありません。全身麻酔は局所麻酔よりリスクが高いため、WHOは全身麻酔を推奨していません。
また、日本の外科的中絶手術のほぼすべてのケースで使われているラミナリア等の吸湿性頸管拡張材(水分を吸うことで膨らみ頸管を押し広げる道具)もWHOは勧めておらず、外科的処置が困難になる妊娠19週以降についてのみ、薬剤(日本の経口中絶薬に含まれるミフェプリストンやミソプロストール)との併用で使用することを推奨しているだけです。
それよりも早期の妊娠中絶については、WHOは薬剤のみで子宮頚管熟化(やわらかくすること)を提唱しています。しかし、日本の飲む中絶薬は、外科的中絶手術の前処置に用いることが認められていません。

そもそもこのガイドラインでは、中絶を行う妊娠週数ごとに薬を内服する内科的中絶と外科処置を伴い外科的中絶の「選択肢」を当事者である少女や女性(妊娠機能をもつが性自認は女ではない人も含まれます)に与えるべきだとしています。
日本では妊娠22週未満まで中絶が行えることになっていますが、現在、日本にある「経口中絶薬(飲む中絶薬)」は妊娠9週までしか使えません。
WHOのガイドラインでは、日本の中絶薬と全く同じ分量の薬(ミフェプリストンとミソプロストールの組み合わせ薬)を妊娠12週未満までの中絶に推奨しているばかりか、妊娠14週未満の稽留流産(流産が始まったが完了しない症状)の治療にも推奨しています。
さらに妊娠12週未満の薬による中絶の場合には、地域保健師、薬局員、薬剤師、伝統医学・補完代替医療の専門家、補助看護師、補助助産師、看護師、助産師、准・上級准臨床医、一般医、専門医による管理が推奨されているのと共に、中絶薬を服用する当事者が管理することも推奨されているのです。
WHOでは、医師でない人が単独で中絶薬を提供できるのは妊娠10週(妊娠70日)までとしていますが、日本の飲む中絶薬は妊娠9週(妊娠63日)までですから、間違いなく「当人」でも管理できる時期にあたります。
それなのに、日本では産婦人科医師であるだけでは処方できず、「母体保護法指定医師」しか取り扱えないし、当事者は指定医師の面前で薬を飲み、その後、胎嚢(たいのう)が排出されるまで医療機関に待機していることが義務付けられています。

つまり、日本の飲む中絶薬はあまりにもハードルが高く設定されています。そればかりか、母体保護法指定医師のいる(つまり中絶を行える)2,096医療機関から寄せられたアンケート調査の結果、そうした医療機関のうちわずか2.6%しか薬による中絶を提供していないことが令和5年度(2023年度)のこども家庭庁の研究班調査で明らかにされました。
ラインファーマ社の「中絶薬について相談できる病院・クリニック検索」で私自身が2024年10月11日に調べた結果でも、全国で中絶薬について相談できる病院・クリニック(薬による中絶を行っている施設と考えられます)は214ヵ所で、指定医師のいる施設3941ヵ所の5.4%でした。これは私が2023年12月18日に調べた時の93ヵ所、2.4%よりは改善していますが、未だに秋田、山形、福井、奈良、島根、山口、鹿児島の7県には、取扱い施設が一つもありません。
10月10日に放映されたTOKYO MXの「激論サミット “飲む中絶薬”使用条件は緩和すべき?」に出演した日本産婦人科医会の石渡会長によれば、現在、県内で中絶薬を使える施設が3施設以下であるのは27件にもわたるとのことです。

なお、厚労省は指定医師がいても入院施設のない無床診療所には経口中絶薬の使用を許可していません。一般に無床診療所の方が中絶を手掛けていることが多いため、この制限も薬による中絶を提供する施設が増えない原因の一つになっています。
この研究班調査報告では、無床診療所での提供拡大を勧めています。しかし、2024年9月25日の厚労省薬事審議会は、経口中絶薬について、一定の条件を満たせば外来での使用を可能とする方針を了承し、2剤目の服用後は、(自宅が)医療機関から16キロ以内などの条件を満たせば帰宅させてもよいとしましたが、無床診療所での使用については、「準備が整っていない」とし、専門家部会で再度審議するよう差し戻しました。
この差し戻しにより、来年度に再審議(や場合によっては再調査)が行われる可能性が高く、無床診療所での使用は早くても再来年以降になると考えられます。医会の石渡会長は、先に述べたTOKYO MXの番組で、無料診療所での取り扱い解禁は「1年後」と述べていました。
しかし、同会長は2022年11月に私が福島出穂参議院議員、早乙女智子医師と共に医会を訪問した際に、「無床診療所への解禁は発売後半年頃」と述べていたので、またしても空約束である可能性があります。気を付けて見張っていきましょう。

さらに、WHOのガイドラインでは、標準的な中絶薬の服用のみで中絶が完了しない場合には、現在、第二薬であるミソプロストールを何度でも反復投与できるとしているため、薬だけによる中絶完了率は限りなく100%に近づいています。
一方、こども家庭庁の調査では、経口中絶薬を用いた435人中39人(約9%)が第二薬の服用後に手術を受けていました。日本では第二薬服用後24時間以内に「胎のうの排出」がない場合には薬による中絶は失敗とみなし、外科的手法で完了させるというマイルールを何の科学的エビデンスもなく採用しているためです。しかし、日本でも第二薬の反復投与が認められていたら、これらの人々のほとんどが、よりリスクの高い「手術」を受けることなく中絶を終えられていたはずなのです。

実は、日本でも第二薬(ミソプロストール)は、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の治療薬「サイトテック(商品名)」としてすでに承認されています。ところがこの薬が「妊婦には禁忌」とされてきたことを理由に、厚労省は中絶完了のためには使えないとの一点張りなのです。
妊婦にサイトテックを用いると、流産のおそれがあるのに加えて、薬の治験のごく初期の段階に行われた動物実験で胎児の催奇性(奇形が生じること)が確認されているため、「中絶に失敗して生き延びた場合」に胎児に奇形が起きる恐れがあると言うのです。

しかし、サイトテックが妊婦に禁忌としているのは「流産」させるためであり、中絶を完了させるためにはこれは「副効用」になります。
また、日本では薬による中絶に失敗した場合には外科的中絶で処置するプロトコルになっているため、中絶薬に被爆した胎児が生き延びることは基本的にありえず、催奇性は問題になりません。むしろカナダの説明書では、催奇性の恐れを理由にいったん中絶薬を服用したら、必ず中絶を完了させることを勧めています。

さらに厚労省は、この薬を中絶に使えないもう一つの理由として、「安全に中絶できる」かどうかの治験が行われていないことも挙げています。サイトテックという薬は非常に単価の安い薬ですから、莫大な金をかけてこの薬が「中絶にも有用」であることを証明する治験を行うような企業はまず出てこないでしょう。

イギリスの産婦人科医師によれば、同国でも中絶用としてのミソプロストールの国内治験は行われていないけれども、中絶を完了させるためにこの薬が有益であることは医療者のあいだでは常識なので、医師たちは自己判断により適用外で使用しているそうです。またイギリスの助産師によれば、ミソプロストールは流産にも必須の有用な薬として医師の処方なく使えるのだそうです。

なお、先にあげたTOKYO MXの番組で、石渡会長は母体保護法の配偶者同意要件について、「男性の権利」も重要だとの見解を述べており、私は耳を疑いました。
男性の権利を擁護することで女性の「自己決定権」を妨げるような人物が会長を務めている「利益団体」が、日本の中絶薬の取扱い方を厚労省に指示しているのです。
番組の中で石渡会長は、中絶薬を指定医師以外が勝手に使うようになっては社会的な安全は守れないと繰り返し主張していましたが、それは自分たちの利益を他の人々に取られたくないことの弁解にしか聞こえません。

番組では「飲む中絶薬」は2005年にWHOが必須医薬品に登録したことや、イギリスやフランスではコロナ禍以来、自宅に「郵送」されていることも紹介していました。
番組に登場した女性コラムニストは、日本では「自己決定権」が守られていないことの裏にある海外と日本の「哲学・倫理」はどう違っているのかと問いかけ、男性の弁護士は、日本の刑法堕胎罪や母体保護法は世界的には珍しいものだと指摘し、歴史的・文化的に男性優位だったこの国が世界の主流である「女性の自己決定権」とどう折り合いを付けていくのか、過渡期にあると述べていました。
他のゲストたちも、石渡会長の意見には納得せず、正しい情報を広めること、女性の自己決定権を守り、最低でも配偶者同意要件はなくすべきといった意見を述べていました。全くそうだと私も思います。

日本のメフィーゴパックは「劇薬」に指定されており、危険な薬であるかのように言われていますが、そのような国は他にありません。中絶薬が導入されると中絶料金が下がるのを心配した医師たちから圧力がかかっているのではないかとの質問に対して、石渡会長は「それはない」と即断しましたが、日本産婦人科医会の態度に日本の医師たちの利権が影響していることはほぼ間違いないと私は考えています。

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塚原久美

塚原久美(つかはら・くみ)

中絶問題研究者、中絶ケアカウンセラー、臨床心理士、公認心理師

20代で中絶、流産を経験してメンタル・ブレークダウン。何年も心療内科やカウンセリングを渡り歩いた末に、CRに出合ってようやく回復。女性学やフェミニズムを学んで問題の根幹を知り、当事者の視点から日本の中絶問題を研究・発信している。著書に『日本の中絶』(筑摩書房)、『中絶のスティグマをへらす本』(Amazon Kindle)、『中絶問題とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)、翻訳書に『中絶がわかる本』(R・ステーブンソン著/アジュマブックス)などがある。

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